奇跡が起こる原理「〇〇がないと奇跡は起こらない」聖書(2列王記4:1-7)

20220109
この記事は約12分で読めます。

1 預言者の仲間の妻の一人がエリシャに叫んで言った。「あなたのしもべである私の夫が死にました。ご存じのように、あなたのしもべは主を恐れていました。ところが、債権者が来て、私の二人の子どもを自分の奴隷にしようとしています。」
2 エリシャは彼女に言った。「何をしてあげようか。私に話しなさい。あなたには、家の中に何があるのか。」彼女は答えた。「はしためには、家の中に何もありません。ただ、油の壺一つしかありません。」
3 すると、彼は言った。「外に行って、近所の皆から、器を借りて来なさい。空の器を。それも、一つや二つではいけません。
4 家に入ったら、あなたと子どもたちの背後の戸を閉めなさい。そしてすべての器に油を注ぎ入れなさい。いっぱいになったものは、わきに置きなさい。」
5 そこで、彼女は彼のもとから去って行き、彼女と子どもたちが入った背後の戸を閉めた。そして、子どもたちが次々と自分のところに持って来る器に油を注ぎ入れた。
6 器がどれもいっぱいになったので、彼女は子どもの一人に言った。「もっと器を持って来なさい。」その子どもが彼女に、「もう器はありません」と言うと、油は止まった。
7 彼女が神の人に知らせに行くと、彼は言った。「行ってその油を売り、あなたの負債を払いなさい。その残りで、あなたと子どもたちは暮らしていけます。」

聖書(2列王記4:1-7)

はじめに

聖書には奇跡が出てきます。
奇跡とは、辞書によると「理性ではとらえられない超自然な現象やできごと」をいうそうです。

このように聞くと、一般的に奇跡は信じられていません。
しかし、日本人の多くは実際に「奇跡」を信じています

新年、神社には行列ができていたそうです。
祈願するために行ったのです。
つまり、今年、「合格しますように」「結婚できますように」「事故から守られますよう」と祈ったんですよね。

もし、祈って、その通り合格したら、それはある意味、奇跡です。

だって、「理性ではとらえられない現象やできごと」だからです。
因果関係は理性では証明できません。

奇跡は起こります。
なぜなら、人間の理性を超えたことを、神はできるからです。

奇跡を与える

今日は、預言者エリシャとやもめのお話です。

預言者エリシャは預言者エリヤの後継者です。
エリヤの働きを引き継ぎ、エリヤ以上にたくさんの奇跡をする預言者です。

前回は、預言者エリヤとやもめの話だったので、内容もとても似ていますが、神様が語られるポイントがちょっと違います。

今日は、聖書が教えている奇跡を通して、神のメッセージを受け取っていきたいと思います。

今日の箇所は、夫を急に亡くした1人の女性が、夫の預言者仲間のエリシャに助けを求めるところから始まります。

1 預言者の仲間の妻の一人がエリシャに叫んで言った。「あなたのしもべである私の夫が死にました。ご存じのように、あなたのしもべは主を恐れていました。ところが、債権者が来て、私の二人の子どもを自分の奴隷にしようとしています。」

聖書(2列王記4:1)

この女性の話からすると、夫が借金を残して死んだので、借金取りが家に来たのです。

でも、未亡人は仕事がないので、借金は返せません。
現代では自己破産、あるいは保険金、寡婦年金、生活保護の制度がありますが、当時は、そんなセーフティネットはなく、借金をしている人を奴隸として連れて行くのが一般的でした。

エリシャは助けに応じます。

2 エリシャは彼女に言った。「何をしてあげようか。私に話しなさい。あなたには、家の中に何があるのか。」彼女は答えた。「はしためには、家の中に何もありません。ただ、油の壺一つしかありません。」

聖書(2列王記4:2)

エリシャは「家の中に何があるのか?」と問います。
女は「油の壺一つしかありません」と言います。

エリシャは返答します。

3 すると、彼は言った。「外に行って、近所の皆から、器を借りて来なさい。空の器を。それも、一つや二つではいけません。

聖書(2列王記4:3)

まず、ここで正常な人なら「え?」となります。

さすが、預言者エリヤの後継者。返答がパンチ効いてます。

普通、「家の中に何があるのか」という質問は、何かを売ってお金に変えられないか?とエリシャが考えたと思いますよね。

壺があるなら、壺を売ろうか?とか、壺を使って、何かビジネスを始められないか、とかです。

しかし、エリシャは、「外に行って、近所の皆から、器を借りて来なさい。空の器を。それも、一つや二つではいけません」というのです。

なるほど、もしかすると、空の器を大量に借りて、何かビジネスを始める計画があるのか?

4 家に入ったら、あなたと子どもたちの背後の戸を閉めなさい。そしてすべての器に油を注ぎ入れなさい。いっぱいになったものは、わきに置きなさい。」

聖書(2列王記4:4)

たくさんの空の器を借りて、部屋のドアを閉めて、「すべての器に油を注ぎ入れなさい」と命じました。

二つ変なことを言っています。

一つは、部屋のドアを閉め切る必要性。
そもそも、部屋のドアを閉め切る意味がわかりません。

二つ目は、油を注ぐ意味。
空の容器はたくさんあっても、注ぐ油に限りがあるのです。

2 エリシャは彼女に言った。「何をしてあげようか。私に話しなさい。あなたには、家の中に何があるのか。」彼女は答えた。「はしためには、家の中に何もありません。ただ、油の壺一つしかありません。」

聖書(2列王記4:2)

現状は、一つの壺に、油が入っているだけ。

それを他の空の容器に移し替える。

普通、どうなりますか?

小学生の算数の問題です。
Aの容器の1リットルの油を、Bの容器に注ぎました。
さて、Aの容器と、Bの容器には、それぞれ何リットルの油が入っているでしょう。

Aの容器はゼロ。Bの容器に1リットル。

では正解を見てみましょう。

5 そこで、彼女は彼のもとから去って行き、彼女と子どもたちが入った背後の戸を閉めた。そして、子どもたちが次々と自分のところに持って来る器に油を注ぎ入れた。

聖書(2列王記4:5)

Aの容器から、Bの容器、Cの容器、Dの容器へとどんどん注いでいきました。

6 器がどれもいっぱいになったので、彼女は子どもの一人に言った。「もっと器を持って来なさい。」その子どもが彼女に、「もう器はありません」と言うと、油は止まった。

聖書(2列王記4:6)

はい、正解は、Aの容器に1リットル。Bの容器にも1リットルでした。

もっと正確に言えば、Aの容器、Bの容器は1リットルじゃなくて、満杯になりました。
Cの容器、Dの容器も満杯。

みなさん、これは神の奇跡ですね。

なぜ、エリシャは部屋の扉を閉め切ったのか?
それは、神の奇跡が起こるための布石です。

人間が誰も、関与していないことを証明するためです。

彼らが奇跡を信じるため、また聖書を読む現代のわたしたちに対しても、これは神のみわざですよと伝えるためです。

①神は持っている僅かなもので奇跡を起こす

 →油の入った壺 

私たちの持っている僅かなもので十分です。
前回も言いましたが、神はあなたに奇跡を要求しません。
今のあなたにできることをすればいいのです。

②神は私たちの行動で奇跡を起こす

 →器を持ってくる 

これは、私たちがするべき行動です、
実際、外の人に借りるとき、恥ずかしかったかもしれません。

なぜなら、すでに必要なものをもらうために、近所の人の家を回っていたはずだからです。

しかも、今度は、空の器を貸してくれと。意味不明ですからね。

でも、実際、近所の家を回って器をかき集めるのは、労力がかかります。

つまり、神の言葉に従うとは、一定の努力も必要なのです。

ただ、奇跡を求め、普通に何もしないで生活するのではなく、神の言葉に応答する行動は面倒な行動でもあるのです。

③神は私たちを十分満たす奇跡を起こす

 →油が止まった 

6 器がどれもいっぱいになったので、彼女は子どもの一人に言った。「もっと器を持って来なさい。」その子どもが彼女に、「もう器はありません」と言うと、油は止まった。

聖書(2列王記4:6)

これは、やもめと子供たちが生活できるのに、十分な量が与えられとき、油は止まったという意味です。

7 彼女が神の人に知らせに行くと、彼は言った。「行ってその油を売り、あなたの負債を払いなさい。その残りで、あなたと子どもたちは暮らしていけます。」

聖書(2列王記4:7)

負債を払って、余った残りで十分、暮らせる蓄えができたのです。

神が私たちを通して奇跡が起こすのはわかった。
では、なぜ、神は私たちを通して奇跡をなさるのでしょうか?

この理由がわからなければ、奇跡は人間の必要を満たすために、神を動かすことになってしまいます。
そういう人は、奇跡が起こらないと、神に文句を言います。

神様!なぜ、生活が苦しいままなのですか?なぜ、助けてくれないのですか?

なぜ、神は私たちを通して奇跡をなさるのでしょうか?

それは、神が神として、崇められるためです。

だから、奇跡が起きないことも多々あります。
奇跡がその人に賞賛が浴びるパフォーマンスになったり、奇跡が神よりも大事になったりする危険性があるから、神様はあえてしないこともあります。

なぜ、神は私たちの必要を十分満たしてくださるのでしょうか?
それは、私たちは負債を抱え、奴隷のような生活をするのにふさわしくないからです。

この女性は夫を無くすという人生の危機で負債を抱え、奴隷になるはずだったのに、神のみわざで奴隷どころか、十分自立して生活できる神の子供として生活に変わったのです。

これが、「神が神として、崇められるため」とつながっていますか?

つながっています。

どこの国に、王様が自分の子供を奴隷にする国があるでしょうか?
そんな王は、品性が疑われます。

どこに、子供を奴隷にして喜ぶ親がいるでしょうか?
親の頭が疑われます。

私たちも同じです。

クリスチャンになって、奴隷のように縛られて、信仰もないひ弱な生活をしていたら、世の中の人は馬鹿にするでしょう。
それは、あなたが馬鹿にされるのではなく、お前の信じているキリストってのはやっぱりダメだな。
だから、宗教は…と、キリストの名が貶められるのです。

聖書の健全なセルフイメージを持ってください。
確かに、私たちはかつては罪の奴隷でした。
しかし、キリストの血によって買い取られた神の所有の民なのです。

しかし、あなたがたは選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神のものとされた民です。それは、あなたがたを闇の中から、ご自分の驚くべき光の中に召してくださった方の栄誉を、あなたがたが告げ知らせるためです。

聖書(1ペテロ2:9)

ちゃんと、書いてますよね?
神の栄誉を私たちが告げ知らせるためです。

あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。人間の奴隷となってはいけません。

聖書(1コリント7:23)

だからこそ、今日、覚えてたいことは、神の奇跡により、神が生きていることが全世界に告げ知らせられるためには、あなたの信仰による行動が大切だということです。

器がなくなると、あふれていた油も止まりました。
借りて来た器の分だけ、つまり、信仰によって信じた分だけ油が満たされたのです。

これは重要な神の原理です。

神はあなたの信仰を通して、ご自身のみわざを示したいと願っておられるのです。

神様が、私にこのメッセージを語りなさいと言われたとき、これは神がガーデンチャーチに語っておられることだと思いました。

今年、ガーデンチャーチは今日のメッセージを文字通り、実行します。
適用します。

器をたくさん用意しなさい。
器とは祈りの課題。

ガーデンチャーチに求める祈りの課題。
例えば、

  • 札幌駅の近くにオシャレなカフェが与えらえる
  • 札幌の郊外に大きな公園のような土地と建物が与えられる
  • 10万人が救われて洗礼を受ける
  • 社会を変革する影響力のある政治家やビジネスマンが輩出される
  • 芸能人やスポーツ選手が救われる
  • 油注がれた賛美チームが起こされる
  • 毎週の礼拝の臨在が強すぎて教会の中で人が神に強烈に出会う
  • 日本に大きな災害が来る前に食糧や自活システムを準備する
  • 日本の多くの教会を経済的、人的に支援する
  • 社会問題を助けられる経済力と行動力が与えられる

たくさんの器という祈りの課題を用意しましょう。

みなさんにも、礼拝後、書いてもらいます。

宣教が進み、社会が変革され、人々を愛することで、神の栄光が現される教会のビジョンです。

その通りなるかは、神様が決めます。神の栄光にならないものは容赦なく消え去っていくでしょう。

注意点は、祈りの課題は一つや二つではないということです。

3 すると、彼は言った。「外に行って、近所の皆から、器を借りて来なさい。空の器を。それも、一つや二つではいけません。

聖書(2列王記4:3)

しかも、空の器。つまり、今のガーデンチャーチにあるものではなく、ないもの。

次に、「外に行って、近所の皆から、器を借りて来なさい」とあるので、これも実行します。

YouTubeを通して、このメッセージを聞いているあなた。
同じように、ガーデンチャーチがこんな教会になってほしい、ガーデンチャーチを通してこのように神のみわざが現れてほしい、というような祈りの課題を募集します。

チャット、コメント、メールでもいいです。
とにかく、どんな祈りの課題でも結構です。

大きすぎても、実現不可能でも笑いません。
1億人が救われるでもOKです。

空の器、祈りの課題が必要なんです。

そして、次にすることは?

4 家に入ったら、あなたと子どもたちの背後の戸を閉めなさい。そしてすべての器に油を注ぎ入れなさい。いっぱいになったものは、わきに置きなさい。」

聖書(2列王記4:4)

祈りの課題という器に入れる油、それは祈りです。

祈りの課題をまとめて、整理して、ガーデンチャーチのメンバーで祈ります。
毎週の祈りの課題で祈っていきます。

どんどん祈ります。

いっぱいになったら傍に置くとは、祈りが聞かれたことを意味します。
祈りが聞かれるまで、祈ります。

祈りの課題がなくなった時。
何が起こりますか?

神の十分すぎるみわざがすでに起きているのです。
リバイバルが目に見える形で起こっていることを私たちは目撃しているでしょう。

多くの人が救い主であるイエス様に両手をあげて、礼拝をしている姿。
天国ですね。ワクワクしませんか?

終わりに

  • ①神は持っている僅かなもので奇跡を起こす
  • ②神は私たちの行動で奇跡を起こす
  • ③神は私たちを十分満たす奇跡を起こす

今、あなたはやもめのような人生の苦難を通っているでしょうか?
負債のような人生の問題に縛られ、奴隷のように生きているでしょうか?
悪習慣や、罪の問題によって、魂がカラカラになっていないでしょうか?

キリストの福音はあなたを奴隷の束縛から自由にします。
そのためには、あなたが今持っているもので、信仰によって行動しなければいけません。

神は奇跡を起こすことのできるお方です。

ガーデンチャーチとしても適用しましょう。

聖書理解に役立つ3大特典を無料でプレゼント中!↓
友だち追加
この記事を書いた人

牧師。ライフコーチ。
1985年札幌で生まれる。小樽商科大学を卒業後、三菱UFJ信託銀行で3年間勤務。関西聖書学院(KBI)で1年間聖書を学ぶ。CCC(Campus Crusade for Christ)短期宣教を通じて出会った、当時CCC専任スタッフのク・ソンリムと2012年に結婚。2013年から3年間ソウル・オリュン教会日本語礼拝部伝道師として仕えつつ、トーチ・トリニティ神学大学院英語コース修士課程(Torch Trinity Graduate University/Master of Divinity)を修める。2016年から3年間、母教会札幌キリスト福音館で牧師として仕えた後、2019年より、札幌ガーデンチャーチを開拓。

ゆうき牧師をフォローする
SGCメッセージ
ゆうき牧師をフォローする
ゆうき牧師のバイブルライフコーチング
タイトルとURLをコピーしました