【聖書の終末預言⑫】 もう来る?まだ来ない?再臨に対する2つの態度(第一テサロニケ 4:11-12)

もう来る?まだ来ない?
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はじめに

今日は、テサロニケ人への手紙に出てくる再臨に対する2つの態度について説明します。


再臨とは、キリストが世の終わりに再びこの地上に来られることですが、キリストの再臨に対して、どちらの態度が正しいと思いますか?

①キリストはすぐに来る
②キリストはまだ来ない

実は、この問いへの答えは、私たちの日々の生活に大きく影響します。
今すぐ来ると信じている人は、緊張感を持って自分の生活を見直し、やるべきことをしっかりします。
まだ来ないと思っている人は、流されずに日常生活を地に足つけて、やるべきことをしっかりします。
どちらが正しい態度なのでしょうか?

このメッセージを読むと、テサロニケ人への手紙に出てくる2種類の態度から、 キリストの再臨に対して、どのような心構えで待ち望むのが良いのかがわかります。 緊張して必要以上に焦り惑わしの教えに流されたり、安心しきって霊的に眠ってしまうことの両方から守られます。

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2つの態度

 今日の結論は、すぐ来ると、まだ来ないの両方の心構えが必要だと言うことです。 

これは、聖書によくあることですが、一見矛盾しているようで、神様の目には矛盾していない真理です。パウロはテサロニケ人への手紙は、再臨がいつ来るのか?に対する矛盾するような2つの考えの両方を伝えています。

テサロニケ人への手紙第1→再臨はすぐに来る
テサロニケ人への手紙第2→再臨はまだ来ない

パウロ自身はバランスよく説明しており、決してそれぞれ独立させて強調した訳ではありません。しかし、手紙を受けとったテサロニケ教会の人々は混乱したようです。事実、テサロニケ人への手紙第1を書いた後、彼らの誤解を解くために、テサロニケ人への手紙第2をその数か月後に書き送ったと言われています。

今日は3つのポイントでお話しします。

① テサロニケ人への手紙 第1のポイント

キリストはすぐにでも来る。

これは正しいでしょうか?正しいです。


2 主の日は、盗人が夜やって来るように来ることを、あなたがた自身よく知っているからです。
3 人々が「平和だ、安全だ」と言っているとき、妊婦に産みの苦しみが臨むように、突然の破滅が彼らを襲います。それを逃れることは決してできません。

聖書(テサロニケ人への手紙第一5:2~3)


主の日とは、聖書の専門用語で、さばきの日、キリストの再臨の日という意味です。つまり、キリストの再臨は突然すぐにでも来るという緊急性があります。聖書は、イエスキリストの「わたしはすぐに来る」言葉で終わっています。

これらのことを証しする方が言われる。「しかり、わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。

聖書(ヨハネの黙示録 22:20)


すぐに来るとはっきり言っています

信者によって携挙と「すぐ来る」のか、不信者への再臨として「すぐ来る」のか、いろいろ解釈はありますが、 イエス様ご自身が「すぐに来る」と言っている以上、すぐに来るのです。 

② テサロニケ人への手紙 第2のポイント

キリストはまだ来ない。これは正しいでしょうか?

正しいです。第二テサロニケでパウロは、再臨はしるしが起こらない限り、来ないと言います。

どんな手段によっても、だれにもだまされてはいけません。まず背教が起こり、不法の者、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないのです。

聖書(テサロニケ人への手紙第二2:3)


背教が起こり、反キリストが神殿に立つまでは、主の日、つまり再臨はないと言っているのです。つまり、現在は、しるしが起きていないので、まだ来ないという側面も正しいことになります。

ここで思う訳です。「聖書、矛盾してない?」

実は、この一見矛盾ともとれるような、すぐ来る、まだ来ないというメッセージは、第一テサロニケでパウロは語っていました。

2 主の日は、盗人が夜やって来るように来ることを、あなたがた自身よく知っているからです。
3 人々が「平和だ、安全だ」と言っているとき、妊婦に産みの苦しみが臨むように、突然の破滅が彼らを襲います。それを逃れることは決してできません。

聖書(テサロニケ人への手紙第一5:2~3)

しかし、兄弟たち。あなたがたは暗闇の中にいないので、その日が盗人のようにあなたがたを襲うことはありません。

聖書(テサロニケ人への手紙第一5:4)


 盗人のように来ると言った後に、キリストを信じる兄弟にとっては、盗人のように不意には来ないと言ったのです。 
携挙によって患難時代を免れるからか、聖書を信じている人はしるしによって予測することができるからか、ここもやはり、携挙がいつ来るかによって解釈が分かれてしまいます。

現状では、100%正しい解釈が見出せなかったため、両方のメッセージを考えてみました。
実は、私たちには、すぐ来るとまだ来ない、両方の側面が必要だということです。

③ どっちが大切か?

それぞれのメリット、デメリットを考えてみましょう。

A すぐに来る

デメリット:怠惰、非日常、あきらめ、論争に巻き込まれる、プレッシャー
メリット:緊張感を持って自分の生活を見直し、やるべきことをしっかりできる。

第一テサロニケ教会の人々は、すぐに再臨が来るから働く意味がないと仕事をやめてしまった人がいたそうです。

ところが、あなたがたの中には、怠惰な歩みをしている人たち、何も仕事をせずにおせっかいばかり焼いている人たちがいると聞いています。

聖書(テサロニケ人への手紙第二3:11)


また、すでに再臨が起こったと勘違いした人も出たそうです。

霊によってであれ、ことばによってであれ、私たちから出たかのような手紙によってであれ、主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いても、すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。

聖書(テサロニケ人への手紙第二2:2)


再臨がすぐに来ると信じ、怠惰になり他人に負担をかけるような者が出ていました。終末、世の終わりのことばかり話しているクリスチャンがいてたら、いやいや、まず今日やるべきことしっかりやろうよと言いたくなりませんか?

しかし、いつでもキリストが来られるという緊急性を持って生きることにも大きなメリットがあるのです。緊張感を持って自分の生活を見直し、やるべきことをしっかりできるのです。タイムリミットが迫っているからこそ、目を覚まし、福音を伝え、しっかりキリストから目を離さないでいることです。

B まだ来ない

デメリット:再臨に関心がなくなる、霊的に眠ってしまう、日常生活に忙しくなる
メリット:流されずに日常生活を地に足つけて、やるべきことをしっかりできる。

「再臨?まだ来ないよ」と安心し切っている人に対して、聖書は警告しています。

3 まず第一に、心得ておきなさい。終わりの時に、嘲る者たちが現れて嘲り、自分たちの欲望に従いながら、
4 こう言います。「彼の来臨の約束はどこにあるのか。父たちが眠りについた後も、すべてが創造のはじめからのままではないか。」
5 こう主張する彼らは、次のことを見落としています。天は大昔からあり、地は神のことばによって、水から出て、水を通して成ったのであり、
6 そのみことばのゆえに、当時の世界は水におおわれて滅びました。
7 しかし、今ある天と地は、同じみことばによって、火で焼かれるために取っておかれ、不敬伲な者たちのさばきと滅びの日まで保たれているのです。

聖書(ペテロの手紙第二 3:3-7)


こういう安心しきって、聖書の言葉をあざける人たちには、再臨(キリストの裁きの日)は突如望みます。
しかし、一方、まだキリストは来ないということにもメリットはあります。

11 また、私たちが命じたように、落ち着いた生活をし、自分の仕事に励み、自分の手で働くことを名誉としなさい。
12 外の人々に対して品位をもって歩み、だれの世話にもならずに生活するためです。

聖書(テサロニケ人への手紙第一4:11-12)

すぐに来るかもという緊張感はもちつつも、今日すべきことを、しっかりやることも聖書は大事にしています。

ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。
苦労はその日その日に十分あります。

聖書(マタイの福音書6:34)


つまり、「すぐ来る」と「まだ来ない」このバランスが重要であるということです。理性による解釈によって、この矛盾を完全にとくことはできないように思えます。つまり、この矛盾に思えることから、どちらの側面も大切であるということです。

 いつキリストが来てもいいように日々、緊張感を持ちつつ、やるべきことをしっかりやる。同時に、必要以上に焦らず、いつも通り働き、日常生活の中で、やるべきことをしっかりやる。この両方が必要なのです。 

キリストは、黙示録ですぐに来ると言われましたが、実際は、この言葉から2000年来ていないのです。
キリストは嘘つきなのでしょうか?いいえそんなことはありません。

8 しかし、愛する人たち、あなたがたはこの一つのことを見落としてはいけません。主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。
9 主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

聖書(ペテロの手紙第二3:8-9)


まとめ

では、最初の質問をもう一度します。キリストの再臨に対して、どちらの態度が正しいと思いますか?

今すぐ来ると信じている人は、緊張感を持って自分の生活を見直し、やるべきことをしっかりします。
まだ来ないと思っている人は、流されずに日常生活を地に足つけて、やるべきことをしっかりします。
 どちらかに偏ると、いけないのです。 

2001年同時多発テロ、2009年リーマンショック、2011年の津波、そして今年の新型コロナウイルス。私たちは、すべてのものがこのまま順調に進んでいくだろうと思いがちですが、実際には、世の中は不安定です。私たちは神様の守りなしでは生きていけないことに気づく必要があるのです。

だからこそ、危機を通して、聖書の再臨の預言に目を向けるきっかけになれば幸いです。そして、すぐに来られると宣言されたイエス様を、地に足つけて、やることやって、待ち望みましょう。

これらのことを証しする方が言われる。「しかり、わたしはすぐに来る。」アーメン。主
イエスよ、来てください。

聖書(ヨハネの黙示録 22:20)


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この記事を書いた人

牧師。ライフコーチ。
1985年札幌で生まれる。小樽商科大学を卒業後、三菱UFJ信託銀行で3年間勤務。関西聖書学院(KBI)で1年間聖書を学ぶ。CCC(Campus Crusade for Christ)短期宣教を通じて出会った、当時CCC専任スタッフのク・ソンリムと2012年に結婚。2013年から3年間ソウル・オリュン教会日本語礼拝部伝道師として仕えつつ、トーチ・トリニティ神学大学院英語コース修士課程(Torch Trinity Graduate University/Master of Divinity)を修める。2016年から3年間、母教会札幌キリスト福音館で牧師として仕えた後、2019年より、札幌ガーデンチャーチを開拓。

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