【聖書の終末預言58】黙示録の預言は本当か?「インフォデミック:どこの情報なら信頼できますか?」(黙示録22:6-7)

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はじめに

今日は、「黙示録の預言は本当か?」というテーマでお話しします。

テクノロジーの進歩によって私達は、インターネットやソーシャルメディア(SNS)を通し今までに無いほど多くの情報に接し、互いにニュースを共有し合うようになっています。
今までに経験したことのない感染症によるパンデミックが続く中、多くの人が最新情報を得ようと、ニュースを見たり、オンラインで記事を読む機会が以前より増えているかもしれません。

アメリカ人の約81%がウェブサイト、アプリ、SNSでニュースを入手しています (Mitchell et al., 2016)。
このパンデミックは「インフォデミック」とも呼ばれています。これは情報が多すぎるために、情報を必要とする際、信頼できる情報源や情報(正確だったりそうでないものもあります)を見つけるのが困難になっている状態を表しています(Novel Coronavirus, 2020)。

ネット上の詐欺に注意するのと同様、虚偽のニュースや誤解を招くニュースにも注意する必要があります。

では、この溢れるニュースや情報から、判断するにはどうしたらよいのでしょうか?

今日の記事を見ると、私たちが一番信頼すべき情報は何なのかがわかるようになります。
それにより、情報過多の時代であっても、慌てずに、冷静に行動することができるようになります。

最近は、聖書の終末預言シリーズという世の終わりについて聖書が何を言っているかだけにフォーカスを当てたYouTube動画をアップしています。「この世はこれからどうなるのか?」ということに対して少しでも興味のある方は、チャンネル登録をよろしくお願いします。

今日の結論は一言で言うと、黙示録に書いている世の終わりについての預言は他のどの情報よりも信頼できると言うことです。

その情報が重要かどうかは、次の三つの条件を満たしているかによって決まります。

  • ①信憑性
  • ②緊急性
  • ③有益性

黙示録の預言はこの三つの条件を満たしているでしょうか?

黙示録の預言は、

①真実である→信憑性が高い

御使いは私に言った。「これらのことばは真実であり、信頼できます。」預言者たちに霊を授ける神である主は、御使いを遣わして、すぐに起こるべきことをしもべたちに示された。

聖書(黙示録22:6)

真実とは、事実だと言うことです。

信じるべき理由として、「預言者たちに霊を授ける神である主は…示された」とあります。
すなわち、預言者たちとその教えとは神の支配のもとにあって、彼らが勝手に語っているのではないということです。

もちろん、黙示録を書いたヨハネは預言者たちのひとりとしての自覚に立っています。

逆に、偽預言者の語ることは神からの言葉ではないので、真実ではないと聖書は言っています。

愛する者たち、霊をすべて信じてはいけません。偽預言者がたくさん世に出て来たので、その霊が神からのものかどうか、吟味しなさい。

聖書(1ヨハネ4:1)

また「預言者たち」と語ることによって黙示録の内容は、聖書全体の単なる一部分ではなく、創世記に始まる聖書全体にわたる内容の要約としての性質を持っていることを示しています。

つまり、黙示録が真実であるからは、他の聖書の箇所との統一性からも明らかということです。

世の中には私たちが思っている以上にフェイクニュースが溢れています。

「この情報を5人の人に回してください!」と言ったようなLINEが友達から送られてきたことはないでしょうか?
そのLINEの内容は「30°の水を飲めば、体の中にあるウイルスは死滅する」と言う内容でした。

ちょっと、おかしいと思いましたが、送ってきた人が信頼できる人だったので、ちょっと信じそうになりました。
次の日、その人から「フェイク情報でした」と連絡が来ました。

このような内容なら、まだ大した影響はないですが、テレビのニュースや新聞の内容も、記者や会社、国の指導者のバイアスが大なり小なりかかっています。

プロバガンダという言葉を聞いたことのある人も多いでしょう。

プロパガンダ(propaganda)とは、特定の思想によって個人や集団に影響を与え、その行動を意図した方向へ仕向けようとする宣伝活動の総称のことです。
特に、政治的意図をもつ宣伝活動をさすことが多く、最近は、その方法は、戦略化し巧妙なものとなってきていると言われています。

では、聖書はどうでしょうか?
宗教の本だからと思ってしまいがちですが、他の歴史の書を判断するのと同じ基準を用いると、聖書は信用できるだけでなく、他のどの書よりも信用できます。

例えば、写本の真実性と正確さが聖書にはあります。

普通、歴史的に事実的に正しい書物で、時を重ねても忠実に保存されてきた物は信頼されるとみなされます。
高いレベルで歴史的に立証され、伝達においてより確信されたものは、その古典が信頼に値するか否かを簡単に判断することができます。

その点において見ても、聖書は信用できる書物と言われています。

また、聖書と世の中の書物とにおいては決定的な違いがあります。
世の中の書物は、人間が書き記したものです。
そこには、やはりその著者のバイアスがかかります。

聖書も40人以上の著者が書いています。

しかし、聖書は、神の霊によって、書かれたとあります。

聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。

聖書(2テモテ書3:16)

どういうことかというと、聖書は神が書いた書物だということです。
ここが他の書物と徹底的に違う点です。

もし、神が書いたのだったら、信憑性は他の人間が書いたどの書物よりも高いはずです。

では、神は信頼できるのか?
聖書は、このように答えています。

また、ラオディキアにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである方、確かで真実な証人、神による創造の源である方がこう言われる──。

聖書(黙示録3:14)

また私は、天が開かれているのを見た。すると見よ、白い馬がいた。それに乗っている方は「確かで真実な方」と呼ばれ、義をもってさばき、戦いをされる。

聖書(黙示録19:11)

神が存在するなら、神よりも信頼できる方はいないはずです。
もちろん、そもそも神がいるかどうかを信じるかどうかは、あなた次第です。

次に黙示録の預言は、

②緊急である→緊急性が高い

「見よ、わたしはすぐに来る。この書の預言のことばを守る者は幸いである。」

聖書(黙示録22:7)

黙示録の預言は、「すぐに起こること」なので、緊急性が高いといえます。
ここでの「すぐに来る」とはキリストの再臨のことです。

しかし、おそらく全ての人がこうツッコミたいのではないかと思います。

「どこがすぐやねん」

この黙示録の予言が語られてから、すでに2000年近くを経過しています。

でもなぜ、聖書は「すぐ」と言っているのでしょうか?

それは、神にとっては「すぐ」だと言うことです。
神様は時間に縛られないお方なので、神様にとっては短い期間にすぎないと言う解釈です。

まことに あなたの目には、千年も昨日のように過ぎ去り、夜回りのひと時ほどです。

聖書(詩篇90:4)

しかし、愛する人たち、あなたがたはこの一つのことを見落としてはいけません。主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。

聖書(2ペテロ3:8)

「一日は千年のようであり、千年は一日のようだ」と言われてしまえば、神様の「すぐ」がいつなのか分からなくなります。

それ言っちゃおしまいだろと言いたくなります。

神様は2000年前からいつでも「すぐ」に来ようとされていました。
でも、神のすぐは人間の目から見て延長されていったのです。

なぜでしょう?
それは、先ほどの「一日は千年のようであり、千年は一日のよう」の次の箇所にあります。

主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを遅らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。

聖書(2ペテロ3:9)

一人でも多くの人が救われるために、

「すぐに来る」という言葉の真意は、「いつ、キリストがこの地上に来られても大丈夫のように準備していなさい」という意味です。

「いつ」ということに集中するよりも、今日きても、明日きても、大丈夫なように毎日行きなさいということが大切なメッセージです。
つまり、ヨハネにこの言葉が語られてから、人類は2000年間も常に、「すぐに来るから準備せよ」と言われていることになります。

これが、神様からの最新情報なのです。
これ以上に、人類にとって緊急的に必要な情報はありません。

黙示録の預言は、守るものにとって

③幸いである→有益性が高い

「見よ、わたしはすぐに来る。この書の預言のことばを守る者は幸いである。」

聖書(黙示録22:7)

実は、「幸いである」という言葉は、黙示録には7回使われており、(1:3,14:13,16:15,19:9,20:6,22:7,14)、この言葉は6番目です。

7回は多いので、これは強調です。

なぜ、幸いなのでしょうか?

世の中かどんな状況になても、どう生きるかの指針を得ることができるからです。

世の中には情報が溢れかえっています。

そのほとんどが、私たちの人生にはあまりメリットを生み出しません。

スマホのニュースで、芸能ニュースや世界の出来事を、指でスラスラ読んでいたら、30分も経っていたことはないでしょうか?

皆さんは、その情報で人生に良い影響があったでしょうか?

「感染症の最新情報は必要だから」と色々な情報を見ているとしても、それによって何か行動が劇的に変わったでしょうか?

実際に、やるべきことは最初からあまり変わっていません。

マスクをして、三密を避けること。
事業者向けの情報や国の決定は知らないといけませんが、毎日何時間もテレビを見る必要はありません。

むしろ、テレビの情報やニュースを見れば見るほど、不安が増えるばかりです。

多くの情報によって悩みや不安が増えて、実は、不幸になっている人もいるということです。

しかし、聖書の黙示録の預言は、守るものには、「幸いになる」という神からの約束があるのです。

なので、聖書の預言に書かれていることをまず、しっかり心に留めることが大事です。

情報には優先順位があるのです。

まず、聖書。次に世の中の情報。

じゃあ、世の中のニュースや情報は無意味なのか?
そんなことはありません。

むしろ、聖書の預言を通して、世の中の動きを識別するのです。

何がフェイクか。どこまで聖書の預言が成就しているのか。

大事なのは、情報の優先順位を聖書に持ってくることです。

まとめ

まとめましょう。

今日の結論は一言で言うと、黙示録に書いている世の終わりについての預言は他のどの情報よりも信頼できると言うことです。

その情報が重要かどうかは、次の三つの条件を満たしているかによって決まります。

  • ①信憑性
  • ②緊急性
  • ③有益性

黙示録の預言はこの三つの条件を満たしています

黙示録の預言は、
①真実である→信憑性が高い
②緊急である→緊急性が高い
守るものにとって
③幸いである→有益性が高い

ぜひ、聖書をしっかり読み、世の中の情報に振り回されるのではなく、むしろ世の中の情報を識別できるようになりましょう

次回は、黙示録の最後に書かれている大事なポイントをお話しします。
ご視聴ありがとうございました。

参考資料:黙示録セミナー終末編/オメガミニストリーズ・オメガバイブルスタディー/ハーベストタイムミニストリーズ/メッセージステーション

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この記事を書いた人

牧師。ライフコーチ。
1985年札幌で生まれる。小樽商科大学を卒業後、三菱UFJ信託銀行で3年間勤務。関西聖書学院(KBI)で1年間聖書を学ぶ。CCC(Campus Crusade for Christ)短期宣教を通じて出会った、当時CCC専任スタッフのク・ソンリムと2012年に結婚。2013年から3年間ソウル・オリュン教会日本語礼拝部伝道師として仕えつつ、トーチ・トリニティ神学大学院英語コース修士課程(Torch Trinity Graduate University/Master of Divinity)を修める。2016年から3年間、母教会札幌キリスト福音館で牧師として仕えた後、2019年より、札幌ガーデンチャーチを開拓。

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