礼拝って何?「こんな礼拝はダメ!礼拝は〇〇を意識するべし」

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はじめに

今日は、「礼拝とは何なのか?」について解説します。

教会のウェブサイトを見ると、礼拝案内〇〇時からという文言を目にします。そういえば、カトリックの幼稚園とかでチャペルという礼拝の時間って聞いたことあるな、など、「礼拝」という言葉をよく耳にします。でも、実際、「礼拝」って何?と思いませんか? 礼拝って何のためにやるのかわからないし、そもそも礼拝って何をすることなのか。 それがいまいちわからないので、なかなか教会って行きにくいんだよな。そう思う人も多いと思います。

この記事を読めば、「礼拝って何?」という問いに対して明確に答えることができるようになります。なので、実際、教会に行って見ても、「なるほど、ここにいる人たちは〇〇ということを意識して礼拝しているんだな」と礼拝の流れを落ち着いて理解できるようになります。

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「礼拝とは何なのか?」一言で言うならば、礼拝とは、「神の招きに応えて、神を賛美し、神に仕え、神に養われる」ことです。

1.神に招かれる

礼拝は、神の招きに対する応答です。神は、被造物に対してご自身を明らかに表し示しておられます。このことを神学用語で「神の自己啓示」と言います。啓示とは人間の力では知ることのできない事柄を、神が人間にわかるように伝えることです。

19 神について知りうることは、彼らの間で明らかです。神が彼らに明らかにされたのです。
20 神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼らに弁解の余地はありません。

聖書(ローマ人への手紙1:19-20)

「被造物を通して」とは、例えば、大自然を見たときに私たちはその壮大さに感動します。そのときに「これが偶然にできたとは考えにくい。これを造った神がいるのではないか?」と思うことです。特に人間は、他の被造物とは違い、神の自己啓示に対して応答できる理性を持っています。神を認識して、礼拝をする生物は人間だけです。神は人をそのように設計したのです。神が招き、人が応答する。礼拝とは、人が神の前に出て、神と出会う貴重な時間なのです。
よく「教会の礼拝は信者じゃなくても出ていいの?」と聞かれるのですが、確認したように、礼拝は神からの、すべての人に対する招きであるので、むしろ大歓迎です。

2.神を賛美する

礼拝は、神があがめられ、神が栄光を受けるためにあります。賛美とは、ただ讃美歌を口ずさむということではなく、神の素晴らしさをたたえ、神のわざに感謝をすることを意味します。

「わたしは、あなたの御名を兄弟たちに語り告げ、 会衆の中であなたを賛美しよう。」

聖書(ヘブル人への手紙2:12)

この聖書の箇所には、「会衆の中で」とありますので、教会の礼拝の中で、神を賛美することは礼拝の中心であったことがわかります。

賛美についての詳しい内容については、Q&A「賛美って何?」をご参照ください。

3.神に仕える

礼拝は英語で「サービス(service)」と言います。これは、礼拝が神への奉仕であることを意味します。たまに、サービスを受けに来たような態度で礼拝に出るクリスチャンもいますが、そうではなく、礼拝の場にいる人ひとりひとりが、主体的に心を込めて礼拝をささげるべきなのです。

このように揺り動かされない御国を受けるのですから、私たちは感謝しようではありませんか。感謝しつつ、敬虔と恐れをもって、神に喜ばれる礼拝をささげようではありませんか。

聖書(ヘブル人への手紙12:28)

事実、礼拝では目に見えないところで多くの人たちが神に仕える奉仕をしています。これは、礼拝出席者を喜ばせるためではなく、神に喜んでいただくための奉仕です。このように、クリスチャンは毎週の礼拝を通して、神に仕える生き方を身につけていくのです。

4.神に養われる

礼拝は、神への奉仕であることの一方で、神は礼拝を通して、礼拝する者を養われるのです。
聖書にはこのようにあります。

知れ。主こそ神。主が私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊。

聖書(詩篇100:3)

牧者である主が、羊である人間ひとりひとりを呼ばれます。礼拝は、人が誰の保護下にあり、誰が人を養ってくれるのかを再確認する場なのです。
礼拝の中で特に大切な時間は、聖書朗読と説教です。

イエスは答えられた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」

聖書(マタイ4:4)

とあるように、礼拝の中で神の言葉を聞くときに、新しい気づきが与えられたり、励まされたり、また自らの姿勢を正されたりして、生きる力をいただくのです。

5.神にあって集まる

礼拝は個人で捧げることもありますが、聖書は、二人以上が集まって礼拝することも大事です。キリストはご自身がそこにいると明言されているからです。

二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。」

聖書(マタイ18:20)

教会では、毎週日曜日に信徒が集まっての礼拝がささげられています。これを、公同の礼拝と言います。礼拝を日曜日にやる理由は、イエス・キリストが復活したのが日曜日の朝で、それを記念しているからです。ただし、時間や形式はそれぞれの教会によって異なるので、もし関心があって礼拝に出てみたいとなった場合は、事前に教会のHPをチェックするか、あるいは教会に問い合わせてみるとよいでしょう。

まとめ

「礼拝とは何なのか?」一言で言うならば、礼拝とは、「神の招きに応えて、神を賛美し、神に仕え、神に養われる」ことです。

  1. 礼拝とは、神が招くことです。
  2. 礼拝とは、神を賛美することです。
  3. 礼拝とは、神に仕えることです。
  4. 礼拝とは、神に養われることです。
  5. 礼拝とは、神にあって集まることです。

是非、以上のことを意識して一人でいるときに神を礼拝しましょう。また、もし可能なら、日曜日にお近くの教会を訪れてみることをお勧めします。

参考:「洗礼をうけたあなたのために『信仰生活』」(日本同盟基督教団教育局)
   「エッセンシャル聖書辞典」(いのちのことば社)
   「聖書教理がわかる94章」(いのちのことば社)

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この記事を書いた人

牧師。ライフコーチ。
1985年札幌で生まれる。小樽商科大学を卒業後、三菱UFJ信託銀行で3年間勤務。関西聖書学院(KBI)で1年間聖書を学ぶ。CCC(Campus Crusade for Christ)短期宣教を通じて出会った、当時CCC専任スタッフのク・ソンリムと2012年に結婚。2013年から3年間ソウル・オリュン教会日本語礼拝部伝道師として仕えつつ、トーチ・トリニティ神学大学院英語コース修士課程(Torch Trinity Graduate University/Master of Divinity)を修める。2016年から3年間、母教会札幌キリスト福音館で牧師として仕えた後、2019年より、札幌ガーデンチャーチを開拓。

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