【聖書の終末預言④】世の終わりに私たちがすべき3つのこと(1)目を覚ます 「新型コロナウイルス・パンデミックで私たちがするべきこと」(マルコの福音書13章33-37節)

聖書の終末預言情報に踊らされない
この記事は約10分で読めます。

はじめに

今日は、世の終わりに私たちがすべき3つのことの1つ目「目を覚ます」についてお話しします。

最近、ニュースを見れば、いつもコロナウイルスの話ばかりでいろいろな情報があって頭がパンクしそうです。FacebookやYouTubeにも陰謀論や、それぞれの国の思惑などが溢れています。それを読んだり見たりすると、みなさんはどんな感情になりますか?不安や恐れではないでしょうか?そして、それをSNSでシェアしたり、誰かに話したりして不安が伝染していったり、もしくはもっと多くの情報をかき集めようと、多くの情報が欲しくなってしまうのではないでしょうか?

しかし、その先に待っているのはなんでしょうか?たくさんの情報を手に入れて、それがどれだけ私たちの日常生活に変化をもたらすのでしょう?ほとんどの場合、陰謀論を聞いたとしても個人レベルでできることは限られています。不安が増していくばかりです。実用的かどうかより、もっと重要なことがあります。

みなさん、よく考えて見てください。SNSで手に入れた、それらの情報はどこから来たものか知っていますか?アメリカについての話しなら、その人はトランプ大統領や幹部からの一次情報を聞いたのでしょうか?医療的なニュースなら、ちゃんと専門的な人たちによって検証された確かな情報なのでしょうか?

「今、世界的に政府がプロパガンダ(情報操作)している!」というような政治に絡むトピックなら、
その拡散されたSNSを見ている私たちがそのSNSによって、プロパガンダ(情報操作)されている可能性だってあるのです。もちろん、有益な情報もあるはずですが、問題は、フェイクもたくさんあるということです。重要なのは、質の高い一部の情報を取り入れて、その他の情報は適度に遮断することです。

僕が最もオススメできる質の高い情報は、聖書です。特にあなたがクリスチャンなら「聖書が何を言っているか」そこをまず他の何よりも学ぶ必要があります。このメッセージを読むと、終末を生きる私たちがどのように生きるべきか、具体的な行動がわかります。

 聖書が言っていることだけに集中していくならば、多くの情報を追いかけて疲れたり、時間を無駄にすることはなくなります。 
また、嘘の情報に惑わされなくなります。余計に不安なることも減ります。

今日の話の出どころは、イエスキリストのことばです。イエスキリストの弟子が書いた、一次情報です。しかも、マタイ、マルコ、ルカというそれぞれの人たちが別々の視点で書いています。

最近は、聖書の終末預言シリーズという世の終わりについて聖書が何を言っているかだけにフォーカスを当ててブログを投稿しています。他の情報に惑わされたくない方は、ぜひ、定期的にブログをチェックしていただけたら幸いです。

世の終わりに私たちがすべきこと 1つ目

今日の結論は一言でいうと、 世の終わりに私たちは「目を覚まさなくてはいけない」 ということです。他の2つは次回以降取り上げます。

マルコの13章33節から37節までに、「目を覚ましていなさい」という命令は、4回も出てきます。

33 気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたは知らないか
  らです。
34 それはちょうど、旅に出る人のようです。家を離れるとき、しもべたちそれぞれに、
  仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましているように命じます。
35 ですから、目を覚ましていなさい。家の主人がいつ帰って来るのか、夕方なのか、夜
  中なのか、鶏の鳴くころなのか、明け方なのか、分からないからです。
36 主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見ることがないようにしなさい。
37 わたしがあなたがたに言っていることは、すべての人に言っているのです。目を覚ま
  していなさい。」

聖書(マルコの福音書13:33~37)

これは、明らかな強調で、終末を生きる私たちに最も大切なことであります。では、目を覚ましているとはどういう意味でしょうか。2つの意味を取り上げます。

目を覚ますの意味①霊的に眠らないように気をつけること

気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたは知らないからで
す。

聖書(マルコの福音書13:33)

この「目を覚まし」とは、英語でアラートとも訳されています。アラートとは、警報のことですよね。避難訓練のサイレンとか、北海道の上を北朝鮮のミサイルが通過した時に携帯のJアラートとか、「早く逃げてください!」と注意を促すものです。警報がなったら、緊張しますよね?
お、警報なってる、でもあと5分寝よ。なんて人はいないと思います。ここでは、そのような強い言葉が使われています。

みなさんは何に対して注意するべきだと、聖書は言っていると思いますか?
地震、疫病、バッタ、食糧難?世の終わりに来るであろう災害?国民を管理する監視社会、AI、IT?

違います。

主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見ることがないようにしなさい。

聖書(マルコの福音書13:36)

なんと、聖書は何が起こるかという外的なことに対する注意ではなく、私たちが眠ってしまうという内的なことに注意しなさいと言っているのです。どういうことか?主人が帰ってきた時とは、イエスキリストの再臨です。
「突然」とあるので、厳密にはいつ来るかわからないということです。キリストが再臨する時、眠っているというのはどういう意味でしょうか?真夜中に来るので、携帯をONにしなさいとかそういう意味ではありません。

キリストが来る時は、全世界に稲妻が落ちるくらい誰もが分かるように来られると聖書に書いてあるからです。

霊的に眠っている人とは?

聖書の他の箇所を見ると、この「眠っている」という表現は、霊的に眠っている状態だという事がわかります。
この、霊的に眠っているとは、 現実の物事ばかりに関心を持っていて、神様とか聖書のことに関心を持たないで生活している人のことです。 例えば、いつも生活の関心(何を食べるか、何を着るか、どこに住むか→衣食住)のことばかり考えている人。また、学ぶのが好きで博学だけど、聖書の真理はちんぷんかんな人などです。しかし、聖書は、もっとストレートに言っています。

明らかにされるものはみな光だからです。それで、こう言われています。「眠っている人
よ、起きよ。死者の中から起き上がれ。そうすれば、キリストがあなたを照らされる。」

聖書(エペソ人への手紙5:14 )

死者扱いです。簡単にいうと聖書は、

イエス・キリストを信じて神とつながっている人のことを、永遠のいのちを持っている人と言っています。
イエス・キリストを信じず神とつながっていない人は、パッと見て、生きていても霊的に死んでいると言っているのです。

ほとんどの人は80歳くらいでこの世を去ります。その時、肉的には死にます。では、「私」という存在、魂はどこに行くのでしょう?
経験していないのでわかりませんね。でも、その時になってみないとわからないってのはちょっと無謀すぎませんか?聖書は、この死後の世界にも私たちの存在は存続し、その時に、永遠のいのちを持っているかが重要であると言っているのです。

神とつながっていない人は、まるで充電器につながってない、スマホのようなものです。100%(100歳まで)は生きれるとしても、バッテリーが切れたら終わりです。しかし、神とつながっている人は、いつもフルパワーなのです。根っこのない木も同じです。栄養がないとそのうち、枯れてしまいます。

では、霊的に目を覚ましている人とは?

逆に、 霊的に起きている人とは、神様と繋がっている人 です。そのような人は、世の中の事柄だけではなく、聖書で神様が何と言っているかをいつも意識して、行動している人です。例えば、霊的に目を覚ましている人は、魂にも栄養が必要だということを理解しています。キリストは言いました。

イエスは答えられた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの
ことばで生きる』と書いてある。」

聖書(マタイの福音書4:4)

もし、人がパンとかご飯という物質的な食べ物だけで必ず元気に生きていけるなら、心の病や自殺者がなぜ生まれるかは説明できません。人間には、食べ物くらい魂へのケアが必要で、それは食べ物くらい大事だということです。

ここで、一応言いますが、世の中のもの、物質的なものが全て悪いわけではありません。目に見えるものが肉的で汚い、目に見えないものだけが霊的で聖なるものだ!そのように考えてしまったら、これは物質と霊の二元論を説いた1世紀の異端「グノーシス主義」になってしまいます。

私たちはどうでしょうか?忙しくも、平和な日常を過ごしている中で、実は霊的に眠ってしまっている可能性があります。問題は、当の本人がそれに気づかない事です。サタンは、様々な誘惑で私たちを眠らせようとします。イエス様が来る時に、霊的に眠っている人を多くして、サタンはみちずれにしたいのです。
飢え乾きがあるうちは大丈夫です。罪悪感があるうちはまだ良いのです。なぜなら、主を求めるからです。

日本にもアラート(警報)が鳴り響きました。2011年から続く大型地震、そして今回のコロナショックです。みなさんは、これらの危機をどのように受け止めますか?
今、主は語られているのです。「何をしているんだ!目を覚ましなさい!」

では、「目を覚ましている」の2つめの意味は何でしょうか?

目を覚ますの意味②祈っていること

霊的に目を覚ましている状態と、祈りには強い関係があることが他の箇所からわかります。イエス様が、十字架にかかる前に、ゲッセマネの園で、弟子たちと祈っていた場面です。

誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。霊は燃えていても肉は弱いので
す。」

聖書(マタイの福音書26:41)

この箇所でも、同じアラート(警報)のギリシャ語が使われています。

でも、実際はどうでしたか?弟子たちは、祈れと言われたのに、眠ってしまいました。そして、イエス様に1時間でも祈っていられないのか!と怒られます。しかも、三回連続で祈れなくて眠りこけます。
正直に答えてください。祈り始めて5分以内に眠くなる人!もしくは、祈ろうと思ってもすぐに眠くなり、三日坊主になる人!私もです。祈ると眠くなる時があります。それは真実です。 なぜなら、祈りは霊的な戦いでもあるからです。 

一日に何時間も祈るヨイド純福音教会のチョーヨンギ先生も、「祈りは戦いだ」と正直に言っていました。祈り始めると、攻撃があるし、気が散るし、眠くなる。でも、そこで負けてはいけない。と。祈るなら、奇跡が起こることをサタンは知っているのです!

今、世界でアラートがなり、これからどうなるんだろう?と誰もが関心を寄せる時、するべきことは、祈ることです。不安や恐怖という感情を神様に吐き出し、この状況を乗り越えることができるようにと祈ること。そして、政府や世界のために祈ること。この状況において、神の栄光が表されるように祈ることです。

ゲッセマネで、これから待っている十字架刑の苦しみに襲われたイエス様は、このように祈られました。

それからイエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈られた。「わが父よ、できることな
ら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、
あなたが望まれるままに、なさってください。」

聖書(マタイの福音書26:39)

神様、このコロナ危機とそれに関連するあらゆる被害を食い止めてください。しかし、私たちが望むことではなく、神様が今、この危機を通してしようと思っていることをしてください。

例え、危機であっても、神様は最善のことをなされることを信じ、祈るのです。

まとめ

「世の終わりに私たちがすべき3つのこと」のうち、今日は一つだけ取り上げました。 一言でいうと、世の終わりに私たちは「目を覚まさなくてはいけない」ということです。 

目を覚ましているとはどういう意味でしょうか?2つの意味を説明しました。
①霊的に眠らないように気をつけること。霊的に眠るとは、神から離れていること。
②祈っていること。

コロナ危機の前を思い出してください。忙しいと気づかない。平和すぎると眠ってしまう。俺たちはいける!と計画を立てていた時、神様は警告を鳴らされたのです。それが、コロナウイルスだったのかもしれません。もし、このことを通して、「眠っている自分」や「祈っていない自分」に気づけたのなら、それもまた感謝です。

最後に37節をお読みします。

わたしがあなたがたに言っていることは、すべての人に言っているのです。目を覚まして
いなさい。」

聖書(マルコの福音書13:37)

イエス様の言葉をよく見てください。
「すべての人に言っているのです。」

すべての人とは誰でしょう?読んでくださってありがとうございました!

このメッセージはYoutubeでもご視聴いただけます。↓↓↓

使用画像元:Pixabay, Unsplash, ケニアの牧場でバッタの大群を追い払おうとしている男性(2020.2.22)(写真:ロイター/アフロ)

聖書理解に役立つ3大特典を無料でプレゼント中!↓
友だち追加
この記事を書いた人

牧師。ライフコーチ。
1985年札幌で生まれる。小樽商科大学を卒業後、三菱UFJ信託銀行で3年間勤務。関西聖書学院(KBI)で1年間聖書を学ぶ。CCC(Campus Crusade for Christ)短期宣教を通じて出会った、当時CCC専任スタッフのク・ソンリムと2012年に結婚。2013年から3年間ソウル・オリュン教会日本語礼拝部伝道師として仕えつつ、トーチ・トリニティ神学大学院英語コース修士課程(Torch Trinity Graduate University/Master of Divinity)を修める。2016年から3年間、母教会札幌キリスト福音館で牧師として仕えた後、2019年より、札幌ガーデンチャーチを開拓。

ゆうき牧師をフォローする
聖書の終末預言
ゆうき牧師をフォローする
タイトルとURLをコピーしました