【聖書の終末預言㊿】千年王国の特徴「罪や死はどうなるの?」 (黙示録20:4-6, ゼカリヤ14:16-19, イザヤ65:19-20, イザヤ書11:6-8)

この記事は約13分で読めます。

はじめに

今日は、「千年王国の特徴」にしぼって詳しく説明します。

クリスチャンなら「千年王国」という言葉を一度は耳にされたことがあるかもしれません。
言葉から意味を推測するなら、千年間の王国です。

前回の記事では、三つの説があることを説明しました。
その中でも、私は、千年期前再臨説を支持しています。

なので、千年王国についてはこちらの説に立って解釈していきます。

キリストは、再臨した後、文字通り、地上に千年間の王国を設立されるのです。

では、その千年王国の特徴はなんなのでしょうか?
天国や新天新地とは違うのでしょうか?

この記事を見ると、聖書の他の箇所から、千年王国についてと思われる預言をピックアップし、聖書からその特徴を知ることができます。
特に、1,000年間、死や罪ってどうなるのか?という気になるところも、知ることができます。

最近は、聖書の終末預言シリーズという世の終わりについて聖書が何を言っているかだけにフォーカスを当てたYouTube動画をアップしています。「この世はこれからどうなるのか?」ということに対して少しでも興味のある方は、チャンネル登録をよろしくお願いします。

千年王国の特徴は、大きく分けて9つあります。

①世界中で王であるキリストが礼拝される

あなたの日数が満ち、あなたが先祖とともに眠りにつくとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子をあなたの後に起こし、彼の王国を確立させる。

聖書(2サムエル7:12)

あなたの家とあなたの王国は、あなたの前にとこしえまでも確かなものとなり、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。』」

聖書(2サムエル7:16)

「あなた」とはダビデのことで、「あなたの身から出る世継ぎの子」と「彼」は、イエス・キリストのことです。
つまり、イエス・キリストは、千年王国において、王して世界を治めるという預言とも言えます。

16 エルサレムに攻めて来たすべての民のうち、生き残った者はみな、毎年、万軍の主である王を礼拝し、仮庵の祭りを祝うために上って来る。
17 地上の諸氏族のうち、万軍の主である王を礼拝しにエルサレムに上って来ない氏族の上には、雨が降らない。

聖書(ゼカリヤ14:16-17)

「エルサレムに攻めて来たすべての民のうち、生き残った者」とあるので、キリストが再臨された時に悔い改めた人は、生き残ると考えられます。
全世界が、エルサレムに「仮庵の祭りを祝うために上って来る」時代が訪れる。

「仮庵の祭り」は、旧約聖書に書かれているユダヤ三大祭の一つです。

ちなみに、ユダヤ三大祭はヘブル語で、

  • ペサハ(過越祭)
  • シャブオット(七週の祭り)
  • スコット(仮庵の祭り)

これらは、旧約聖書で、毎年行う事が義務づけられているお祭りなので、どんなに世俗的なイスラエル人も参加するというのも特徴の一つです。

現代のイスラエルでも、これらの祭りは行われています。

それが、千年王国でも続きます。

そもそも、仮庵の祭りとは、モーセの時代の出エジプトを祝い、奴隸から解放されたことに感謝する目的があります。
「仮庵」とは今でいうテントのことで、エジプトを脱出したイスラエルの民が、荒野を放浪していた時代に住んだ仮小屋です。

なぜ、これが千年王国でも祝われるのかといえば、全人類にとっても、罪の奴隸から解放されたという意味において祝えるからです。

②信徒がキリストともに治める

A. 聖徒が世界をさばく

聖徒たちが世界をさばくようになることを、あなたがたは知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるのに、あなたがたには、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。

聖書(1コリント6:2)

ここでの、聖徒たちが世界をさばく、つまり治めるというのは、千年王国のことを言っています。
ここでは聖徒たちとは、教会の聖徒のことですが、もちろん、旧約の聖徒や大患難時代の殉教者も含まれます。

また私は多くの座を見た。それらの上に座っている者たちがいて、彼らにはさばきを行う権威が与えられた。また私は、イエスの証しと神のことばのゆえに首をはねられた人々のたましいを見た。彼らは獣もその像も拝まず、額にも手にも獣の刻印を受けていなかった。彼らは生き返って、キリストとともに千年の間、王として治めた。

聖書(黙示録20:4)

「イエスの証しと神のことばのゆえに首をはねられた人々」 とは、大患難時代の殉教者たちです。「王となった」と訳されている言葉は、「統治した」、「支配した」という意味です。

B. 12使徒がイスラエル12部族を治める

27 そのとき、ペテロはイエスに言った。「ご覧ください。私たちはすべてを捨てて、あなたに従って来ました。それで、私たちは何をいただけるでしょうか。」
28 そこでイエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに言います。人の子がその栄光の座に着くとき、その新しい世界で、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二の部族を治めます。

聖書(マタイ19:27-28)

12使徒は千年王国において重要な役割を与えられ、 イスラエルの12部族の裁き司になります。

C. ダビデがイスラエルを王として治める

イスラエルについては、復活したダビデが王となり、 治めることが預言されています。

わたしのしもべダビデが彼らの王となり、彼ら全体のただ一人の牧者となる。彼らはわたしの定めに従って歩み、わたしの掟を守り行う。

聖書(エゼキエル37:24)

預言者エゼキエルの時代では、すでにダビデはこの世を去っていました。
つまり、これはダビデが後の千年王国でイスラエルの王となる預言と解釈することができます。

4 これは、イスラエルの子らが、これから長く、王もなく、首長もなく、いけにえも石の柱もないところに、エポデもテラフィムもないところにとどまるからだ。
5 その後で、イスラエルの子らは帰って来て、自分たちの神である主と、自分たちの王ダビデを尋ね求める。そして終わりの日には、主とそのすばらしさにおののく。

聖書(ホセア3:4-5)

4節は、当時、南ユダに王が存在する時代に与えられた預言で、 長い間、王も神殿もなくなるということを意味しています。
南ユダは、紀元前586年に、バビロンによって滅ぼされ、その時に神殿も破壊されました。

バビロン捕囚から戻った後に建設された第2神殿も、 紀元70年に、ローマによって破壊され、それ以来、 エルサレムに神殿は建っていません。
つまり、現在は、4節の預言の成就を目撃している時代であると言えます。

5節は、千年王国で、世界中から再び集められたイスラエルの民が、主とダビデ王を訪ねている様子だと思われます。

③イスラエルの民が集められる

10 その日になると、エッサイの根はもろもろの民の旗として立ち、国々は彼を求め、彼のとどまるところは栄光に輝く。
11 その日、主は再び御手を伸ばし、ご自分の民の残りの者を買い取られる。彼らは、アッシリア、エジプト、パテロス、クシュ、エラム、シンアル、ハマテ、海の島々に残っている者たちである。
12 主は国々のために旗を揚げ、イスラエルの散らされた者を取り集め、ユダの追い散らされた者を地の四隅から集められる。

聖書(イザヤ11:10-12)

10-11節の「その日」とは千年王国の時代のことであると考えられます。
11-12節で神がイスラエルの民を世界中から集める様子が描かれています。

でも、ここで「え?これは1948年のイスラエル建国の前から起きているユダヤ人の帰還についてじゃないの?」と思われた方は鋭いです。
11節を見てください。
「再び」と書いています。

つまり、2度目であるということです。

なので、1度目は今現在起こっている、約140力国からのユダヤ人の帰還だと思われます。
なので、このイザヤ書11章は、2度目、つまり千年王国の始まりに起こると思われます。

神である主はこう言われる。「見よ。わたしは国々に向かって手を上げ、わたしの旗を諸国の民に向かって揚げる。彼らは、あなたの息子たちを懐に抱いて来る。あなたの娘たちは肩に担がれて来る。

聖書(イザヤ49:22)

千年王国では、世界中が、ユダヤ人を丁寧に約束の地まで送るようになります。
現代で起きているユダヤ人の帰還では、国々が渋々ユダヤ人をイスラエルに送っているので、このイザヤ49章はやはり、千年王国であると思われます。

なぜ、理由は、世界中が、ユダヤ人を丁寧に約束の地まで送るのでしょうか?
それは、再臨を通して、イスラエル民族を通して世界が祝福されるという理由を全世界が理解するからです。

それは、世界中の人々が、神を知りたいという思いから、ユ ダヤ人にすがりつくほどになります。

万軍の主はこう言われる。「その日には、外国語を話すあらゆる民のうちの十人が、一人のユダヤ人の裾を固くつかんで言う。『私たちもあなたがたと一緒に行きたい。神があなたがたとともにおられる、と聞いたから。』」

聖書(ゼカリヤ8:23)

④第4神殿が建つ

現在、エルサレムには神殿はありませんが、世の終わりには第三神殿が建つと言われています。

しかし、それは再臨によって、一度壊されます。

そして、千年王国では、4番目の神殿が建ちます。
なぜなら、エゼキエル書にはどうも、第一から第三の神殿には当てはまらないような神殿の預言が出てくるからです。

主の栄光が東向きの門を通って神殿に入って来た。

聖書(エゼキエル43:4)

「東向きの門」は、主の栄光が、第1神殿から去る際に通った門です。

エゼキエル10-11章

4番目の神殿には、第1神殿があった時に出て行ったのと同じ方向から、神の栄光が戻ってくると書かれています。

そして、千年王国においては、栄光が二度と出て行かないこ との象徴として、「東向きの門」は閉じたままにしておかれるとあります。

これは、第一~第三神殿まででは考えられません。

1 彼が私を聖所の東向きの外の門に連れ戻すと、門は閉じていた。
2 主は私に言われた。「この門は閉じたままにしておけ。開けてはならない。だれもここから入ってはならない。イスラエルの神、主がそこから入ったからだ。これは閉じたままにしておかなければならない。

聖書(エゼキエル44:1-2)

神殿については、こちらの動画をご覧ください。
第一から第四までまとめています。

【聖書の終末預言】⑩わかる!第3神殿って何?「第1神殿から第4神殿までをわかりやすく整理する」

⑤いけにえが捧げられる

千年王国の神殿でも、いけにえが捧げられるようです。

18 その声は私に言われた。「人の子よ、神である主はこう言う。祭壇の上で全焼のささげ物を献げ、血を振りかけるための祭壇を造る日には、次のことが祭壇に関する掟となる。
19 わたしに仕えるためにわたしに近づく、ツァドクの子孫のレビ人の祭司たちに、あなたは罪のきよめのささげ物として若い雄牛一頭を与えよ──神である主のことば──。

聖書(エゼキエル43:18-19)

イエス・キリストの十字架がすべての罪をあがなっているのに、なぜ、いけにえを捧げる必要があるのでしょうか?

さまざまな解釈がありますが、いけにえを捧げる目的は、キリストの十字架の死によるあがないの意味が理解するためです。

千年王国では死者がほとんど出ないので、千年の間に新しく生まれた人々には、できません。
そのため、罪を犯した者は、自分の手でいけにえを殺すことによって、初めて主のあがないに感謝することになります。

いけにえを捧げる方法は、モーセの律法にあるのものとは異なると思われます。
モーセの律法にあるような罪のあがないのためのいけにえは不要だからです。

⑥サタンは縛られる

2 彼は、竜、すなわち、悪魔でありサタンである古い蛇を捕らえて、これを千年の間縛り、
3 千年が終わるまで、これ以上諸国の民を惑わすことのないように、底知れぬ所に投げ込んで鍵をかけ、その上に封印をした。その後、竜はしばらくの間、解き放たれることになる。

聖書(黙示録20:2-3)

千年後、サタンは解き放たれるとも書いています。

7 しかし、千年が終わると、サタンはその牢から解き放たれ、
8 地の四方にいる諸国の民を、すなわちゴグとマゴグを惑わすために出て行き、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海の砂のようである。

聖書(黙示録20:7-8)

8節の「ゴグとマゴグ」は再臨前の出来事であるゴグとマゴグの戦い、いわゆるエゼキエル戦争(エゼキエル38-39)とは別物です。
黙示録20章で語られているのは、千年王国の最後に起こる戦いについてです。

詳しくは次の動画で取り上げます。

⑦誘惑はないが罪はある

18 もし、エジプトの氏族が上って来ないなら、雨は彼らの上に降らず、疫病が彼らに下る。これは、仮庵の祭りを祝いに上って来ない諸国の民を主が打つ疫病である。
19 これが、エジプトの罪への刑罰となり、仮庵の祭りを祝いに上って来ないすべての国々の罪への刑罰となる。

聖書(ゼカリヤ14:18-19)

ここで、エジプトが特別に取り上げられているのは、エ ジプトが出エジプトを祝うこの祭りへの参加を拒否することがあるためだと考えられます。

18-19節を見ると、刑罰という言葉があります。
千年王国では、サタンは縛られており、サタンの誘惑はありませんが、罪がなくなるわけではないことが分かります。

⑧寿命は長くなるが死はある

19 わたしはエルサレムを喜び、わたしの民を楽しむ。そこではもう、泣き声も叫び声も聞かれない。
20 そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、寿命を全うしない老人もいない。百歳で死ぬ者は若かったとされ、百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。

聖書(イザヤ65:19-20)

泣き声や叫ぶ声がない、平和の世界であることがわかります。
今の人生には苦難がつきものですが、千年王国ではそのようなものは聞かれないとあります。
期待が膨らみますね。

またよく、数日しか生きなかった赤ちゃんをなぜ、神様は産まれさせたのか?とか、になぜあの人は早死にしたんだ?という質問を受けます。
なぜかは神様に直接聞きたいですが、少なくても千年王国ではそのような不条理のようなことは起きないとあります。

ただ、 百歳にならないで死ぬ人もいるようです。

神を信じる者は、復活の身体を持っているので、永遠に生きるはずです。
なので、ここで罪を犯し、死を経験する可能性があるのは、大患難時代を生き延びた人々の子孫だと言われています
もしくは、千年王国の最後に、サタンが解放されて人々を惑わ時に、惑わされるのは、神を信じないままで生きている者なので、百歳以下の者であると考えられます。

⑨自然界が回復する

6 狼は子羊とともに宿り、豹は子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜がともにいて、小さな子どもがこれを追って行く。
7 雌牛と熊は草をはみ、その子たちはともに伏し、獅子も牛のように藁を食う。
8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子は、まむしの巣に手を伸ばす。

聖書(イザヤ書11:6-8)

今の世界では、この預言が成就していないことは、明らかですね。

ライオンを小さな子どもが追いかけていくようなことは起きえません。
人が食べられてしまいます。

しかし、このイザヤ書が必ず起こる預言だと信じるならば、これは千年王国と解釈できます。

事実、創世記3章を見ると、アダムとエバのせいで、人類に罪が入っただけではなく、地も呪われたとあります。

また、人に言われた。「あなたが妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、大地は、あなたのゆえにのろわれる。あなたは一生の間、 苦しんでそこから食を得ることになる。

聖書(創世記3:17)

つまり、すべての被造物も罪で堕落してしまったのです。
しかし、千年王国では、この罪を犯す前のエデンの園の状態が回復するものと考えられます。

また、千年王国では、世界中がキリストを知ることを喜びとする日になると書いています。

わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、滅ぼさない。主を知ることが、海をおおう水のように地に満ちるからである。

聖書(イザヤ書11:9)

まとめ

まとめましょう。
9つの特徴があります。

  • ①世界中で王であるキリストが礼拝される
  • ②信徒がキリストともに治める
  • ③イスラエルの民が集められる
  • ④第4神殿が建つ
  • ⑤いけにえが捧げられる
  • ⑥サタンは縛られる
  • ⑦誘惑はないが罪はある
  • ⑧寿命は長くなるが死はある
  • ⑨自然界が回復する

次回は、サタンの末路「世の終わりに悪魔はどうなるのか?」についてお話しします。
ご視聴ありがとうございました。

参考資料:黙示録セミナー終末編 /オメガミニストリーズ・オメガバイブルスタディー 、ハーベストタイムミニストリーズ/メッセージステーション

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この記事を書いた人

牧師。ライフコーチ。
1985年札幌で生まれる。小樽商科大学を卒業後、三菱UFJ信託銀行で3年間勤務。関西聖書学院(KBI)で1年間聖書を学ぶ。CCC(Campus Crusade for Christ)短期宣教を通じて出会った、当時CCC専任スタッフのク・ソンリムと2012年に結婚。2013年から3年間ソウル・オリュン教会日本語礼拝部伝道師として仕えつつ、トーチ・トリニティ神学大学院英語コース修士課程(Torch Trinity Graduate University/Master of Divinity)を修める。2016年から3年間、母教会札幌キリスト福音館で牧師として仕えた後、2019年より、札幌ガーデンチャーチを開拓。

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