現実を変える信仰「でも、を連発すると何も変われない」(ルカ 5:4-6)

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あるメンタルトレーニングのプロが言っていました。
自分で気づかないうちに損している人の口癖は「でも」だと。

多くの人が、自分の現状を少しでも変えようと、相談しにくるそうです。
しかし、アドバイスをいうたびに「でも」を連発されると、「あれ、結局何を言っても無駄なのかなあ」と思ってしまうそうです。

結局、「でも」という人は、変わるためのチャンスを自ら拒絶しているのです。

イエス・キリストが生きていた時代、すべての人が彼の話を「その通りだ」と受け入れたわけではありません。
多くの人が自分の常識や経験から「でも」を連発していたでしょう。

私たちはどうでしょう?

 聖書には素晴らしい約束がたくさん出てきます。 

「信じれば救われる」
「一切の重荷を委ねなさい」
「あなたの心に平安を与えよう」

知らず知らずのうちに「でも」と言って、聖書のことばを拒絶していないでしょうか?

なぜ、私たちは変わることができないのか?
それは、シンプルです。
聖書にある神様のことばを素直に受け入れないからです。

あるとき、イエス様は弟子のシモン・ペテロにこのように言われました。

話が終わるとシモンに言われた。「深みに漕ぎ出し、網を下ろして魚を捕りなさい。」

聖書(ルカ 5:4)

ペテロはこう答えました。

すると、シモンが答えた。「先生。私たちは夜通し働きましたが、何一つ捕れませんでした。でも、おことばですので、網を下ろしてみましょう。」

聖書(ルカ 5:5)

気づきましたか?
彼は、「でも」と言っています。

しかし、「でも」の位置が違うのです。
これが私たちがするべき「素直な信仰」です。

シモンペテロはプロの漁師です。
イエス様は、元大工で今は宣教活動をしており、漁に関してはスーパー素人です。
シモンペテロからすれば、「おいおい、いくらイエス様だからって、漁師の俺らが夜通し働いてこの様なら、100%魚は獲れないよ」と言いたくなるはずです。

最初に、「でも」と言いたくなるのです。

しかし、彼は、事実を語ったのち、「でも」という言葉で自分の考えを打ち消し、神様のことばを素直に実行したのです。

そして、そのとおりにすると、おびただしい数の魚が入り、網が破れそうになった。

聖書(ルカ 5:6)

結果、イエス様のことばの通りなりました。
今、このメッセージを聞いている中で、この結果を驚いた人は、いないと思います。
イエス様は神様なんだから。

でも、私たちの今の状況が、本当に変わったら、絶対に驚くはずです。
信じていないからです。

今日、神様のことばに対して「でも」というのをやめましょう。
自分の状況や経験、考えに対して「でも」と言い、おことばなら、その通りになると信じます!と告白しましょう。

神が語るならば、聖書に書いてあるならば、必ず、私たちの状況は変わります。

今日の祈り 今日の祈り
神様、無意識に「でも」と神様の言葉を拒絶していました。これからは、「でも」を封印し、素直に信じます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。
この記事を書いた人

牧師。ライフコーチ。
1985年札幌で生まれる。小樽商科大学を卒業後、三菱UFJ信託銀行で3年間勤務。関西聖書学院(KBI)で1年間聖書を学ぶ。CCC(Campus Crusade for Christ)短期宣教を通じて出会った、当時CCC専任スタッフのク・ソンリムと2012年に結婚。2013年から3年間ソウル・オリュン教会日本語礼拝部伝道師として仕えつつ、トーチ・トリニティ神学大学院英語コース修士課程(Torch Trinity Graduate University/Master of Divinity)を修める。2016年から3年間、母教会札幌キリスト福音館で牧師として仕えた後、2019年より、札幌ガーデンチャーチを開拓。

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