山上の説教⑮ 「何気ない言葉にも責任もってますか?」(マタイ 5:33-37)

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はじめに

誠実さがなくても、仕事で成功できるでしょうか?
できます。
人を騙し、細かいところで不誠実な人でも、成功する人は多くいます。
いや、むしろそういう人が、出世しているようにも思えます。
しかし、人に影響を与えるような人物は、みな誠実です。

「 マネジメントの父」と称された有名なピーター・ドラッカー(ユダヤ系オーストリア人)は『マネジメント』という本でこのように教えています。
リーダーシップが発揮されるのは、真摯さ(Integrity)によってである。範となるのも、真摯さによってである。真摯さは、取って付けるわけにはいかない。・・・真摯さはごまかせない。
ここで、真摯さと訳されているのは、(Integrity)です。
これは、仕事に対して「誠実で、高潔で、信念をもってブレない姿勢」という意味です。

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現キリンビバレッジ社長の堀口英樹さんも、アメリカの企業との大事な交渉を、真摯さによって成功させたと振り返っています。
彼はこう言います。
「ビジネスで最も重要なのは信頼関係です。交渉でありがちな虚勢を張らず、できないことは正直に伝える。真摯な姿勢で交渉に臨みました。最終的に…利益を折半するスキームで契約にこぎ着けることができました」

真摯さ、言い換えるならば、「誠実な人」
その特徴は、なんでしょう?
「約束を守る」「嘘をつかない」「相手によって態度を変えない」ということが挙げられます。

「○日に遊びに行こう」「給料が入ったらお金を返す」などの発言に対し、不誠実な人は内容の軽さや重さにかかわらず平気で約束を守らなかったりします。
どうしても都合が合わなくなることは誰にでもありますが、不誠実な人の場合キャンセルの連絡すら来ないケースがあります。
こちらから「あの話はどうなったの」と問い合わせてようやく「そんな話をしてたっけ?」と忘れているようなふりをする人もいるのです。
都合が悪くなると、なかったことにしてしまう癖を持っている人も少なくありません。

つまり、誠実さとは、「口」の言葉と関係していることがわかります。
今日のマタイの福音書で、イエス様は、「誓約」「誓うこと」について教えます。

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イエス様が伝える「誓約」「誓うこと」について

はじめに、イエス様は、旧約聖書の律法について話されます。

また、昔の人々に対して、『偽って誓ってはならない。あなたが誓ったことを主に果たせ』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。

聖書(マタイ5:33)

偽って誓ってはならない

あなたがたは、わたしの名によって偽って誓ってはならない。そのようにして、あなたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。

聖書(レビ記19:12)

誓ったことを主に果たせ

あなたの神、主に誓願をするとき、それを遅れずに果たさなければならない。なぜなら、あなたの神、主は必ずあなたからそれを要求し、こうしてあなたが罪責を負うことになるからである。

聖書(申命記23:21)

旧約聖書の律法では、「誓うなら、ちゃんと誓いなさい」と言っているという確認です。
しかし、イエス様はこのように続けます。

しかし、わたしはあなたがたに言います。決して誓ってはいけません。天にかけて誓ってはいけません。そこは神の御座だからです。

聖書(マタイ5:34)

つまり、イエス様は、誓いそのものを禁じられたということです。
「そもそも、誓うな」

35 地にかけて誓ってもいけません。そこは神の足台だからです。エルサレムにかけて誓ってもいけません。そこは偉大な王の都だからです。
36 自分の頭にかけて誓ってもいけません。あなたは髪の毛一本さえ白くも黒くもできないのですから。

聖書(マタイ5:35-36)

何を指して誓おうが、それは神の前に誓うことであると。
「そんな軽々しく誓っていいのか?」
なぜ、イエス様は、「誓うな」と言われたのでしょうか?
それは、誰もが口で失敗するからです。

「誓う」を口約束に置き換えてみましょう。
「10時に会おうね」
「あ、腹痛い。ごめんごめん、5分遅れます」
こんなこと日常茶飯事ですよね。

そもそも、私たちが「誓う時っていうのは、相手が自分を信じてくれていない時です」
誓いが必要となるのは、人のことばだけでは信頼できないときだけだからです。

・結婚詐欺で、「神に誓って、あなたを愛している」
・大事な契約には「誓約書」というものがあります。サインと印鑑を押します。
本来、民法上は、口約束でも法律的に有効に契約が成立します。
しかし、口だけじゃ信用できないから誓約書や契約書を書かせて証拠を残すんです。
・喧嘩して、相手が納得していない時、「神に誓って、俺は間違っていない!」という時があります。

もちろん、聖書は誓約自体を禁止していません。
しかし、ここでイエス様が言いたいことは、「そもそもあなたの口の言葉に責任を持て」ということです。

あなたがたの言うことばは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』としなさい。それ以上のことは悪い者から出ているのです。

聖書(マタイ5:37)

口にした「はい」はそのまま「実行せよ」それ以上、誓う必要はない。
それ以上に誓ったりするなら、それは悪だと言っているんです。
なぜ?
人間の誓約は簡単に破られる可能性がありますし、
自分が誠実ではないと言っているようなものだからです。

【ポイント】
「はい」「いいえ」だけでも、相手から信用される誠実な人格を持とう。

私たちは言葉において、誠実だろうか?
普段口にする言葉は、真実だろうか?

「約束を守っているだろうか?」
「小さな嘘をついていないだろうか?」
「人によって口にする言葉を変えていないだろうか?」

アイルランド生まれの1700年代イギリスの哲学者、政治家のエドマンド・バークはこう言いました。
「偽善者は素晴らしい約束をする、約束を守る気がないからである」
インド独立の父マハトマ・ガンディーもこう言いました。
「決して焦って約束をしてはならない」

聖書は「誠実さ」を愛を同じくらい重要視しています。
聖書で「恵み」と出てきますが、恵みのヘブライ語は、へセド。
これは、本来、契約に基づいた愛を意味します。

つまり、なぜ、神の愛が変わらないのか?
それは、契約、約束したことを神様は誠実に守られるから、その誠実さに基づいた愛なのです。
神様が誠実でなければ、私たちの信仰は悲惨です。
聖書で、

人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

聖書(ローマ10:10)

と書いているのに、死んだあと、天国の扉の前で、
天使に「あなた誰ですか?」と言われる。
「いや、私ですよ。イエス様を信じているので、天国に入りたいのですが」
「ちょっと、イエス様に聞いてみます」
「イエス様はちょっと、あなたのこと思い出せないと言ってます。確か信じたという祈りを聞いたような聞かなかったような」
これは、たちの悪い冗談ですよね。

私たちは神様は絶対に
「約束を守る」
「嘘をつかない」
「人によって言葉を変えない」
と信じているから、このお方を信頼できるのですよね?
だから、このように続くのです。

聖書はこう言っています。 「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」

聖書(ローマ10:11)

問題は、イエス様を信じる私たちも、同じように誠実であるか。
少なくても、誠実さを求めて歩んでいるかどうか。

主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神とともに歩むことではないか。

聖書(ミカ6:8)

誠実を愛していますか?

今、あなたがたは主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕え、あなたがたの先祖たちが、あの大河の向こうやエジプトで仕えた神々を取り除き、主に仕えなさい。

聖書(ヨシュア24:14)

そして、重要な任務に就く人物の条件の一つは、「誠実な人」である。

あなたはまた、民全体の中から、神を恐れる、力のある人たち、不正の利を憎む誠実な人たちを見つけ、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として民の上に立てなさい。

聖書(出エジプト18:21)

ダビデ

ソロモンは言った。「あなたは、あなたのしもべ、私の父ダビデに大いなる恵みを施されました。それは、彼が誠実と正義と真心とをもって、あなたの御前を歩んだからです。あなたは、この大いなる恵みを彼のために取っておき、きょう、その王座に着く子を彼にお与えになりました。

聖書(1列王記3:6)

ヒゼキヤ

ヒゼキヤはユダ全国にこのように行い、その神、【主】の目の前に、良いこと、正しいこと、誠実なことを行った。

聖書(2歴代誌31:20『新改訳第三版』)

ハナンヤ

私は兄弟ハナニとこの城の長ハナンヤに、エルサレムを治めるように命じた。これは、ハナンヤが誠実な人であり、多くの人にまさって神を恐れていたからであった。

聖書(ネへミヤ記7:2)

牢獄にいられたヨセフはどうでしょう?
彼が牢獄で助けた人は、約束を忘れました。
不誠実です。
でも、ヨセフは、牢獄で、誠実に働き、誠実な神によって助け出されて、総理大臣になります。
では、どうやったら、私たちは「はい」を「はい」「いいえ」を「いいえ」とだけ言う、イエス様が命じる誠実な人になれるのでしょうか?

「約束を守る」
「嘘をつかない」
「人によって言葉を変えない」

どうやったら、そのような誠実な人になれるのでしょうか?
ヒントは、これは神のご性質だと言うことです。

22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、
23 柔和、自制です。このようなものに反対する律法はありません。

聖書(ガラテヤ5:22-23)

強く求めましょう。
聖霊に満たされ、私たちが神が喜ぶ誠実なものになれるように。

まとめ

イエス様は、誓いそのものを禁じられました。
それは、「あなたの口の言葉に責任を持て」という意味です。
「はい」「いいえ」だけでも、相手から信用される誠実な人格を持とうと言う意味です。

私たちは言葉において、誠実だろうか?
普段口にする言葉は、真実だろうか?

「約束を守っているだろうか?」
「小さな嘘をついていないだろうか?」
「人によって口にする言葉を変えていないだろうか?」

できていない自分に気づくのは良いことです。
なぜなら、誠実は神様の聖霊に満たされることによって、結ぶ神のご性質だからです。
家族、友達、職場で、私たちの口の言葉が誠実を結び、神の栄光が証しされるように祈りましょう。
ダビデやヨセフのように、誠実さで国にインパクトを与えられるように、祈りましょう。

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