山上の説教⑭「離婚ってダメなんですか?」(マタイ5:31-32)

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はじめに

2019年8月時点に厚生労働省が発表した日本の離婚率は約38.3%、約4組に1組は離婚をするというデータがあります。
約2分に1組が離婚しているというデータもあります。

参考:厚生労働省「平成27年人口動態統計」より

特徴として、
・20代から30代が多い
・日本で一番離婚率が高いのは沖縄県で2.59、次に大阪と宮崎の2.16、4位に北海道2.13(厚生労働省の「平成24年の人口動態統計」)
・婚姻件数の減少も問題である

離婚率を引き上げている主な原因5つ

表:平成24年度離婚原因ランキング(総務省調べ)

男性女性件数
1位性格が合わない性格が合わない11,27721,446
2位異性関係暴力を振るう3,19314,167
3位精神的に虐待する生活費を渡さない2,79712,460
4位家族・親族と折り合いが悪い精神的に虐待する2,74411,381
5位性的不調和異性関係2,28810,789

私たちは、もはや、離婚が当たり前の社会を生きています。
教会の中にも、離婚経験者はたくさんいますし、私自身、小学5年生の時に両親が離婚しています。

今日は、世の中が離婚についてどう考えているか。ではなく、聖書は離婚についてどう考えているか。についてお話しします。
山上の説教の中で、イエス・キリストが離婚について教える場面が今日の箇所なのです。

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離婚したらいけないの?

① 当時の背景

また『妻を離縁する者は離縁状を与えよ』と言われていました。

聖書(マタイ5:31)

これは、離婚すべき理由が見つかったら、夫から妻に離婚状を渡してよいという意味です。
当時のイスラエル社会では、男性が妻を気に入らなかったら、すぐに離婚ができました。

しかし、これは申命記24:1の曲解です。

1 人が妻をめとり夫となった後で、もし、妻に何か恥ずべきことを見つけたために気に入らなくなり、離縁状を書いてその女の手に渡し、彼女を家から去らせ、

聖書(申命記24:1)

申命記の本来の意図は、妻を去らせながら後になって夫としての権利を主張する気まぐれから妻を保護することにありました。
そのための証拠としての離婚状です。
しかし、当時のイスラエルの民、しかも、パリサイ人などのユダヤ教のリーダーは、離婚状を与えさえすれば合法的に離婚出来るとされてしました。
律法学者の中でも、緩い解釈をするヒレル派は、料理が下手というだけで離婚出来ると教えたほどでした。

② イエス様の答え

しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも、淫らな行い以外の理由で自分の妻を離縁する者は、妻に姦淫を犯させることになります。また、離縁された女と結婚すれば、姦淫を犯すことになるのです。

聖書(マタイ5:32)

しかしイエスは、「淫らな行い(不倫)以外の理由で妻を離別する者は、妻に姦淫を犯させる」と教えます。
「妻に姦淫を犯させる」→女性は他の男性に身を寄せなければ生きていけなかった社会システム。
再婚するしかないから。再婚は姦淫になる。
これは、間違った解釈をしている男たちに責任があるとイエス様は言っているのです。
つまり、整理すると、当時は、「妻の飯がまずい」という理由で男性が一方的に離婚届けを提出できたということ。
現代で言えば、夫の印鑑のみでOK。

「え?離婚っていいの?」と言われれば、「モーセの律法に書いてあるから。申命記24にね」が暗黙の了解。
なぜ、パリサイ人は、このモーセの律法を高らかに掲げたのでしょうか。
自分が姦淫したかったからです。
離婚をするとき、自分の妻よりも好きな女ができるからというのが、多くの場合です。
こうして、イエスは、離婚の背後にある人間の自己中心性をつかれています。

その手紙でパウロは、ほかのすべての手紙でもしているように、このことについて語っています。その中には理解しにくいところがあります。無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の箇所と同様、それらを曲解して、自分自身に滅びを招きます。

聖書(2ペテロ3:16)

ここに、神様が私たちに語られていることがあります。
聖書が教える、結婚や離婚の教えよりも、現実の大変さによって、簡単に離婚してしまうということ。

じゃあ、聖書は離婚についてなんと言っているか?

③ 聖書の離婚に対する教え

聖書はそもそも離婚を「姦淫」以外の理由で許していません。
結婚は生涯にわたるものであり、契約に基づく厳粛なもの。

この結婚観は、創世記2:24に基づいています。

それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。

聖書(創世記2:24)

ここでの一体とは、完全な一致です。
「この人を一生愛する」という意志も、
「この人を心から愛する」という感情も、
「この人だけと愛する」という性的な関係も、

イエス様も、離婚が禁じられている理由を創世記に見出しています。

3 パリサイ人たちがみもとに来て、イエスを試みるために言った。「何か理由があれば、妻を離縁することは律法にかなっているでしょうか。」
4 イエスは答えられた。「あなたがたは読んだことがないのですか。創造者ははじめの時から『男と女に彼らを創造され』ました。
5 そして、『それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである』と言われました。
6 ですから、彼らはもはやふたりではなく一体なのです。そういうわけで、神が結び合わせたものを人が引き離してはなりません。」

聖書(マタイ19:3-6)

離婚とは、神が結びあわせた神聖な関係を人間が勝手に引き離す行為だと、聖書もイエス様も言っているのです。
いろいろ言いたいこともあると思いますが、一旦、聖書が言っていることを受け止めましょう。

しかし、イエス様に、パリサイ人は反論します。
19章なので、今日の山上の説教とはまた違う時の話です。

彼らはイエスに言った。「それでは、なぜモーセは離縁状を渡して妻を離縁せよと命じたのですか。」

聖書(マタイ19:7)

モーセが言ってるじゃないか?!

8 イエスは彼らに言われた。「モーセは、あなたがたの心が頑ななので、あなたがたに妻を離縁することを許したのです。しかし、はじめの時からそうだったのではありません。
9 あなたがたに言います。だれでも、淫らな行い以外の理由で自分の妻を離縁し、別の女を妻とする者は、姦淫を犯すことになるのです。」

聖書(マタイ19:8-9)

モーセは、あなたがたの心が頑ななので、あなたがたに妻を離縁することを許したのです。
つまり、原則は離婚は禁じられている。
しかし、人間の罪によって、離婚が起こりえた。

しかし、はじめの時からそうだったのではありません。
これは、もともと離婚は存在しなかった。
アダムとイブの罪の結果によって、起こったもの。
聖書に出てくる唯一、離婚が赦されるのは、2つです。
「淫らな行い」つまり、相手方の性的不道徳です。
それと、結婚後、一方が信者となり、相手が離婚を望んだ場合

1 コリント7:15-16に書いてありますが、今日は、スキップします。
しかし、だからと言って離婚は推奨されるべきではない。
してもいいよではなく、やむおえずです。
でも、みなさん。
やっぱり、言いたくなりませんか?

離婚するなって言われても、そんなに簡単じゃない。
別にしたくてしたわけじゃない。
何度も悩み、我慢した結果、しょうがなかった。

そういう人も多くいらっしゃるでしょう。
現実として、やむを得ない離婚も数多く発生しうるのです。

・ドメスティックバイオレンス(暴力)
・モラルハラスメント(精神的虐待)
・度重なる不倫
・犯罪
・多額の借金
・ドラッグ依存
・アルコール依存
・脳の病気
・相手の気が狂う
・結婚詐欺
・子どもへの暴力やネグレクト
・相手が信仰を強く迫害するようになる

私を含む全ての人間は不完全で罪を持っているので、離婚の危機は、どんなに気をつけていても、誰にでも起こりうるのです。
ここで大切なことは、聖書が離婚についてかなりネガティブに捉えていることを受け止める。
開き直らずに、自分の弱さや失敗を認める。

そのままの姿で、神の前、十字架の前に出るということです。
十字架こそ、神の義と神の愛の交わる場所。
神の義は「離婚はダメだ」と言っています。

「わたしは、離婚を憎む」とイスラエルの神、【主】は仰せられる。

聖書(マラキ2:16『新改訳3版』)

しかし、神の愛は、離婚しているものを憐まれます。守られます。癒されます。
本来、神様が望まれた尊い結婚が壊れてしまった社会の罪を背負ったのは、イエス様です。
神様が忌み嫌われるものは、パリサイ人の態度です。
みことばを自分の欲望のために曲解し、正当化して他の人に教えた姿です。
私たちは、みことばをそのまま受け入れ、弱わを持ったまま、あわれみ深い神の前に出ましょう。
具体的に、私たちは、神の前に出て、祈ることができます。

適用

①もし、今、離婚を考えているなら。

まずは、和解と赦しを考えることを神様は望んでおられます。

すでに結婚した人たちに命じます。命じるのは私ではなく主です。妻は夫と別れてはいけません。

聖書(1コリント7:10)

できないようなことでも、神にはできる。

イエスは言われた。「人にはできないことが、神にはできるのです。」

聖書(ルカ18:27)

1人で抱えないで、教会の人に祈ってもらいましょう。
霊的なアドバイスができる人がふさわしいです。
それでも、どうしても難しい場合は、離婚もやむおえないでしょう。
神様はあわれみ深い神です。

② もう離婚しちゃった人

もし別れたのなら、再婚せずにいるか、夫と和解するか、どちらかにしなさい。また、夫は妻と離婚してはいけません。

聖書(1コリント7:11)

基本的に、聖書は再婚を勧めてはいません。
例外は、相手が死んだ場合です。
しかし、もし私自身が離婚してしまったと考えると、関係修復に努力するのはごく限られたケースであり、そのまま独身で居続ける自信はないかもしれない。
もしあなたが、再婚できないことで傷つきすぎて、信仰すらもなくなってに信頼できなくなってしまうのであれば、元も子もない。
再婚を祈っている方、正当化するべきではないが、神様がどういうお方かに目を向けよう。
その場合、神の御心をよく求めよう。

③ まだ結婚していない人

軽々しく結婚してはいけない。
もしかして、もっとポジティブに考えていた若者たちが、今日のメッセージを聞いて、
「まじ、硬すぎ!」「全然、結婚に対して楽しくなさそう」と思ってしまったなら、安心してください。
イエス様の弟子たちも同じように感じました。

弟子たちはイエスに言った。「もし夫と妻の関係がそのようなものなら、結婚しないほうがましです。」

聖書(マタイ19:10)

でも、みなさん、結婚は素晴らしいのです。
このような社会だからこそ、神様が造られ、デザインされた結婚が全ての人の間で証しになるように、むしろポジティブに生きよう!

結婚がすべての人の間で尊ばれ、寝床が汚されることのないようにしなさい。神は、淫行を行う者と姦淫を行う者をさばかれるからです。

聖書(ヘブル13:4)

この世は、結婚観がどんどん壊れています。
いや、壊れているのではなく、元々の土台がありません。
学校の授業では性教育が教えられます。でも、基本的には避妊の方法です。
普通は、結婚とは何か?についての学びがあるべきです。

まとめ

当時は、「妻の飯がまずい」という理由で男性が一方的に離婚届けを提出できたということ。
イエスは、彼らが離婚を正当化する背後にある自己中心性をつかれました。
そして、聖書はそもそも離婚を「姦淫」以外の理由で許していません。
結婚は生涯にわたるものであり、契約に基づく厳粛なもの。

その根拠は創世記2章です。
聖書に出てくる唯一、離婚が赦されるのは、2つです。
「淫らな行い」つまり、相手方の性的不道徳です。
それと、結婚後、一方が信者となり、相手が離婚を望んだ場合。
その場合でも、離婚してよいではなく、やむおえず許可しているイメージです。

しかし、現実は、私を含む全ての人間は不完全で罪を持っているので、離婚の危機は、どんなに気をつけていても、誰にでも起こりうるのです。
ここで大切なことは、聖書が離婚についてかなりネガティブに捉えていることを受け止める。
開き直らずに、自分の弱さや失敗を認める。
そのままの姿で、神の前、十字架の前に出る。

①もし、今、離婚を考えているなら。
まずは、和解と赦しを考えることを神様は望んでおられます。
それでも、どうしても難しい場合は、離婚もやむおえないでしょう。
神様はあわれみ深い神です。

② もう離婚しちゃった人
基本的に、聖書は再婚を勧めてはいません。
例外は、相手が死んだ場合です。
再婚を祈っている方、正当化するべきではないが、神様がどういうお方かに目を向けよう。
その場合、神の御心をよく求めよう。

③ まだ結婚していない人
軽々しく結婚してはいけない。
しかし、結婚の素晴らしさをぜひ、社会に証しして欲しい。

この記事を書いた人

牧師。ライフコーチ。
1985年札幌で生まれる。小樽商科大学を卒業後、三菱UFJ信託銀行で3年間勤務。関西聖書学院(KBI)で1年間聖書を学ぶ。CCC(Campus Crusade for Christ)短期宣教を通じて出会った、当時CCC専任スタッフのク・ソンリムと2012年に結婚。2013年から3年間ソウル・オリュン教会日本語礼拝部伝道師として仕えつつ、トーチ・トリニティ神学大学院英語コース修士課程(Torch Trinity Graduate University/Master of Divinity)を修める。2016年から3年間、母教会札幌キリスト福音館で牧師として仕えた後、2019年より、札幌ガーデンチャーチを開拓。

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