山上の説教㉓ 「キリストが教える祈り方③〜罪悪感が人を不幸にしている」(マタイ 6:12, 14-15)

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はじめに

突然ですが、次のようなことに思いあたる節はありませんか?

  1. なにかと自分を責めて「ダメ出し」する癖がある
  2. 過去に自分がしたことに対して、「後悔していること」がある
  3. うまくいかないことがあると「自分が悪いから」と思ってしまう
  4. 逆に、うまくいかないことがあると「だれかのせい」にしてしまう
  5. 自分と仲よくしてくれる人に「どこか申し訳ない」気持ちを感じている
  6. 大切な人を傷つけてしまいそうな「怖れ」を感じることがある
  7. だれかを助けられなかった「痛い思い出」がある
  8. なにかと自分を「追いつめる癖」がある
  9. 他人の期待に「過剰に応えようとしてしまう」ところがある
  10. 人からの「感謝や愛情」を素直に受けとることができない

心理カウンセラーの根本 裕幸(ねもと ひろゆき)さんによると、これらは罪悪感が心の中にあるときによく起こる反応だそうです。
「あなたには「罪」がありますか?」と聞かれれば、いまいちピンと来ない人も多いと思いますが、
先ほどのリストのような反応を見るならば、自分が罪悪感を感じていることが明らかになります。

根本さんは、カウンセラーとして、20年間、たくさんの人に会う中で、いちばん問題になる感情がこの罪悪感であることに気づいたそうです。
そして、1番の問題は、自分が罪悪感を抱え、それによって苦しんでいる(=しあわせになれない)ことに、多くの方は気づいていないことです。

でも皆さん、安心してください。
聖書の今日の箇所には、この罪悪感を解決する方法を教えています。
それが、主の祈りの後半の3つの要素の2番目、過去の必要を求める祈りです。

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① 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください(現在)
② 私たちの負い目をお赦しください(過去)
③ 私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください(未来)

前回の① 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください(現在)は現在の心配についての祈りでしたが、私たちは過去のことを溯って祈ることができます。
過去にしてしまったことは変わりませんが、その行動に対する神の評価は祈りによって変わります。
神様が、過去をOKと言ってくだされば、OKになります。
単刀直入に言えば、この「神の赦し」こそが、私たちの罪悪感を消し去る鍵です。

この「罪悪感の消去」は、現在の問題として現れますが、根っこは過去です。
過去の問題の解決は、罪の赦しの祈りになって表れます。

後半の3つの要素(自分の必要)② 私たちの負い目をお赦しください(過去)

私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。

聖書(マタイ6:12)

負い目とは「罪」のことです。
でも、なぜ、ここでは「私たちの罪をお赦しください」ではなく、「負い目をお赦しください」と言っているのでしょう?
負い目とは、普段あまり使わない言葉ですが、ネットの辞書によると、「人に負担をかけたり迷惑をかけたりするなどして、申し訳ないと思う心持ち」とあります。
つまり、「誰かに負い目を感じている」とか、「誰かに負い目がある」と言ったように、常に他の誰かとの関係を暗示する表現なのです。
まさに、「罪悪感」です。とても似ている表現です。
聖書は、私たちの問題に真っ向から向き合っていますね。

私たちは誰に負い目を感じているのか?
もちろん、誰かに迷惑をかけて、負い目を感じることはありますが、本当の罪悪感の根っこは、「神様」に対する負い目(罪悪感)です。
聖書で「罪」と訳されているヘブル語のルーツを見ると、3つの言葉が出てきます。

①へタ「的外れ」(ギリシャ語のハマルティア)
②アオン「歪められ、ねじ曲げられる」
③ペシャ「そむくこと」

つまり、聖書の罪とは、神様が聖書を通して教えておられることを、破り、ねじ曲げ、歪めるとき、罪を犯したことになり、「的を外して」しまうのです。

私たちが誰かに悪いことをしたならば、それは罪になります。
しかし、そもそも、罪の本質とは神を神とも思わないことです。
これが、神様に負い目がある状態です。

冒頭に紹介したカウンセラーの根本さんは、罪悪感には大きく7種類あると言っています。

タイプ1:だれかを傷つけてしまった、壊してしまった(加害者の心理)
タイプ2:助けられなかった、役に立てなかった(「無力感」という罪悪感)
タイプ3:なにもしていない、見捨ててしまった
タイプ4:恵まれていることへの罪悪感
タイプ5:自分は毒である、自分はけがれている
タイプ6:親やパートナーから受け継いだ罪悪感(相手が背負っている罪悪感を背負おうとする)
タイプ7:そのほかの罪悪感(宗教など)

タイプ7に行くほど、自分では意識しづらいそうです。

これらは、神様が聖書を通して教えておられることを、破り、ねじ曲げ、歪めている罪です。
その人が直接悪くなくてもねじ曲がり、歪められていることも含まれます。
「的を外して」いる状態のこと。それが聖書の罪だからです。
逆に負い目のない人は、神様の教えの意図を汲み取り、完璧に行い、左にも右にもそれない人です。

聖書は、そんな人いないと言っています。

すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず、

聖書(ローマ3:23)

もちろん、どうでしょう。
俺には全く、罪がないと言える人はいないのではないでしょうか?
たとえ、そのように言ったとしても、罪の問題が解決していない限り、その人の生活を罪悪感が苦しめることになります。
神の前では誰もが歪んでいるからです。

では、どうすれば、負い目がなくなるのか?
自分の罪を認め、神の赦しを求めることです。

私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。

聖書(マタイ6:12)

私たちが祈ったら、神様は赦されると思いますか?
オフコース!
もちろんです。

23 すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず、
24 神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いを通して、価なしに義と認められるからです。

聖書(ローマ3:23-24)

義と認められるとは、罪で歪んだ状態であっても神様は正常に見てくれるということです。

「負い目」が完全になくなることです。

これらは「神の赦し」によって生まれます。

つまり、罪悪感を自分で解決することは間違っていて、
神様の赦しを受け取ることが、正しい解決なのです。

でも、マタイの福音書を見ると、条件が書いていませんか?

私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。

聖書(マタイ6:12)

え?私たちが、自分に罪を犯した人を赦すなら?
え、マジかよ?
OK!じゃあ、僕も赦すね。となる人は自分の罪がどれほど深いかわかっていません。
そんな人はいないと思いますが。
現実を見るならば誰もが知っているのです。
「人を赦すことは人間にはとてつもなく難しい」ということを。

一晩寝て、忘れられるようなことならまだいいですが、

何千万も詐欺にあった。
信じてた人に裏切られた。
親に捨てられた。
性的な被害を受けた。
トラウマになるくらい精神的に傷つけられた。

どうでしょう?
トラウマレベルになると、赦す・赦さないどころではなく、その人を見るだけで汗が吹き出して、パニックになったりもします。
14-15節も、同じようなことが書いています。

14 もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。
15 しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しになりません。

聖書(マタイ6:14-15)

他人を赦せない人は、神の赦しを受け取れないのか?
だとしたら、全員救われないだろ。
そんなことはありません。

私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。

聖書(マタイ6:12)

現在形で書かれていることに注目しましょう。
イエス様が意図した意味は、「私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦しました」ではありません。
人を赦すから、自分も赦されるという意味ではないんです。

私たちは2000年前に、イエス様の十字架によって、すでに罪が赦され、贖われたのです。
それを受け入れるなら、もう赦されています。
ここの真意は、神に赦されたものとして、当然、人を赦すのが自然でしょ?という意味です。
「赦しファースト」なんです。

自分が赦されて初めて、他人も赦すことができると同じように、
自分が赦されて初めて、自分も赦すことができるということを覚えましょう。
イエス様の十字架を知っていながら、冒頭のような罪悪感を感じている人は、「自分の力で自分を赦せる」とどこかで思い込んでいるからかもしれません。

他人を赦すことが困難なように、他人であろうが、自分であろうが、誰かを完全に赦せるのは、「神様」のみだということです。
今日、ここを覚えて受け入れましょう。
すべての赦しは人間には無理です。
赦しは、神から来るのです。

だから、聖書は、「自分を赦しなさい」とは言っていないんです。
「神の赦しを受け取りなさい」と言っているのです。
人を赦すのも、自分を赦すのも「神の赦しファースト」なのです。
赦しを受け取るんです。

まとめ

① 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください(現在)
② 私たちの負い目をお赦しください(過去)
③ 私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください(未来)

前回の① 私たちの日ごとの糧を、今日もお与えください(現在)は現在の心配についての祈りでしたが、私たちは過去のことを溯って祈ることができます。
そして、今日受け取りたいメッセージは、他人であろうが、自分であろうが、誰かを完全に赦せるのは、「神様」のみだということです。

  1. なにかと自分を責めて「ダメ出し」する癖がある
  2. 過去に自分がしたことに対して、「後悔していること」がある
  3. うまくいかないことがあると「自分が悪いから」と思ってしまう
  4. 逆に、うまくいかないことがあると「だれかのせい」にしてしまう
  5. 自分と仲よくしてくれる人に「どこか申し訳ない」気持ちを感じている
  6. 大切な人を傷つけてしまいそうな「怖れ」を感じることがある
  7. だれかを助けられなかった「痛い思い出」がある
  8. なにかと自分を「追いつめる癖」がある
  9. 他人の期待に「過剰に応えようとしてしまう」ところがある
  10. 人からの「感謝や愛情」を素直に受けとることができない

もし、このような癖に悩まされているならば、自分を赦す努力ではなく、イエス様にすでに赦されていることを受け入れましょう。
イエス・キリストの十字架と復活による罪の贖いにより、2000年前にこれらの罪悪感の根っこは処理されました。
イエス様には罪を赦す権威があるからです。

しかし、人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたが知るために──。」

聖書(マタイ9:6)

私たちに他人も自分を赦す権威はありません。
しかし、イエス様は持っています。
そのお方が、「罪なし」と言えば、「はい。アーメン」と受け取りましょう。
だから祈りましょう。

私たちの負い目をお赦しください。

聖書(マタイ6:12)

(神様が私たちの罪を無条件で赦してくださることは知っています。感謝します。だからこそ)
私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。

この記事を書いた人

牧師。ライフコーチ。
1985年札幌で生まれる。小樽商科大学を卒業後、三菱UFJ信託銀行で3年間勤務。関西聖書学院(KBI)で1年間聖書を学ぶ。CCC(Campus Crusade for Christ)短期宣教を通じて出会った、当時CCC専任スタッフのク・ソンリムと2012年に結婚。2013年から3年間ソウル・オリュン教会日本語礼拝部伝道師として仕えつつ、トーチ・トリニティ神学大学院英語コース修士課程(Torch Trinity Graduate University/Master of Divinity)を修める。2016年から3年間、母教会札幌キリスト福音館で牧師として仕えた後、2019年より、札幌ガーデンチャーチを開拓。

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